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娘達の黄色い歓声が競技場を埋め尽くす。
この国において魔法騎士は、乙女の憧れの職業であるらしく、入場してきた騎士達は、皆一様に若く、見目麗しい。
それぞれに美しい剣技と魔法を合わせた演舞を披露する。
最初の騎士は、魔法で大きな氷の結晶を作り出し、剣によって大きな結晶を寸分違わず8つに割り、割った結晶を魔法でクルクルと回転させて風を呼び、雪雲を錬成して、雪を降らせた。
次の騎士は、自ら騎乗する馬ごと魔法で空に飛び、フォート・リー伝統の馬上の剣舞を披露する。
また一人、また一人と見事な演舞を披露する。どの演舞も、高い正確な魔力と、鍛え抜かれた剣技がなければ成立しない。軍事立国である、フォート・リーの精鋭の、能力の高さが窺い知れる。
やがて、客席から一段と大きな黄色い声が上がった。
「ほら、ジジ様。あの馬ですわ。」
先ほどジジがみほれたほどの、美しい白馬が入場してきた。そしてその白馬に騎乗するのは、輝かんがばかりの美貌の青年。
「ガートルード様の仰せの通り、馬上の青年は、馬と同じくらい見目がよろしいですわね。光り輝いて見えて、眩しいくらいですわ。」
「そうでしょう?ジジ様、あの青年は、光輝く太陽の騎士と呼ばれておりますのよ。フォート・リーの娘達は皆あの青年に夢中ですわ。」
甲高い娘達の叫び声が聞こえる。あの美貌に、あの馬だ。しかも宰相の息子だと言う。察してしかるべき、フォート・リーきっての輝かしい青年なのだろう。
「ガートルード様もその娘達の中のお一人ですの?」
ジジは親愛を込めて、からかう様に聞いてみる。若い娘達の話題で、見目のいい男の話題ほど、盛り上がる物はない。
「ほほほ、私にとってルークは弟の様な者ですわ。ほんの小さな頃から、知っているので、可愛いものなのですよ。それにあれは、娘達の間をフラフラと彷徨っている事が大好きな困った子なの。」
可愛い弟分なのだろう。ルークの話をするガートルードは、ヤンチャな弟を案じる姉の様な、優しい顔になった。
「でもね、ジジ様。」
うふふ、と声を抑えて、大切な友達にする秘密話の様にジジにいった。
「最近ね、ルークもやっと、さる御令嬢に恋をしたらしいのよ。」
さも楽しそうにガートルードは続ける。
「ルークの事なんかよりも、ご自分の趣味がお好きな御令嬢でね。年明けに婚約が決まっているのだけれど、さっぱりその御令嬢はルークに振り向いてくれないらしく、毎日ため息ばかりついているのよ。」
ほほほ、と可愛い弟分の話を続ける。
「今日はその御令嬢も見ているそうだから、楽しい演舞になりましてよ。」
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レイチェルの窓から、遠くに小さく軍の演習場が見える。
今日は特別に、ガートルード様に、演舞をお見せするとかなんとかで、ルークは何度も何度も、絶対にトランペットが聞こえたら、演習場の方をみる様にと、なんと先日は、わざわざ望遠鏡まで設置して行ったのだ。
ルークが何か特別な演舞をするらしい。
客席は見えない様に、望遠鏡は固定されていた。
(そういえば私、軟禁中だっけ。。こんな面倒な事までして、何を見せたいのかしらね。)
まあ別にいやでもなかった上、見ないと後でガミガミうるさそうなので、トランペットの音色が聞こえた所で、レイチェルは手芸の手を休めて望遠鏡を覗いてみる。
やたらと美しい魔法騎士達が、ゾロゾロとそれぞれに美しい馬に騎乗して入場してきた。
ルークと、その白い馬も、いた。
(いつも通りキラッキラね。。。)
思わず美しい己の求婚者を、目で追ってしまう。
ルークはあの日以来何も言ってこない。
ゆっくり考えてくれ、とだけ言い残して、いつものガミガミうるさいルークに戻ってくれた。
ただ、部屋を退出する時に、レイチェルの額に口づけを落とす様になった。
あの日の出来事を忘れるなと、言いたいのだろう。
レイチェルは正直に、本当にどうして良いかわからなくなっていた。
ルークは優しい。
本来ならば、今頃レイチェルは、勝手な男達が勝手に決めた降嫁先に送られて、魔力の高い子を産む道具になっていたらしい。あの日ルークが去った後に、これは内密ですよ、と、実は父が王宮の書記官を勤めている、ルーナがそっと教えてくれたのだ。
ルークはレイチェルをそんな男達から、身を呈してレイチェルを守ってくれているのだ。
そしてルークは混乱しているレイチェルに、自分の思いをしっかりと告げてからも、思いを押し付けることも、恩を売ることもせず、ただの口うるさいルークに、戻ってくれたのだ。
ルークはレイチェルの幸せを願ってくれている。
口うるさいが、優しい彼と結ばれても、きっとレイチェルは、幸せな家庭を築く事が、できるだろう。口うるさいが。
(ゾイド様。。。)
レイチェルの大きな瞳から、涙が溢れた。
(早く、早く迎えてにきて。。)
そうでないと、私。