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レイチェルは一週間ほど病床についた後、ルークに伴われて、会合に招かれた。
この国の魔術界の頂点と呼ばれる人々と、神殿の頂点と呼ばれる人々、そして王と宰相。
この国の中間を担う天上人ばかりだ。
男達は皆、顔を青くしてレイチェルを待っていた。
もっと青い顔をしたレイチェルは、静かに促されるままに入室した。
元々色の細いレイチェルは、この一週間ほとんど何も食べず、ルークとルーナの心を痛めていたのだ。
目の下に青暗い隈を作って、折れそうに細い白い体で紺色のドレスを纏うレイチェルは、今にも消えそうな儚さであった。
「。。。ジーン嬢、大儀であった。面をあげよ。発言を許す。」
畏れ多くも王から直々の言葉を賜ったレイチェルは、光の消えた瞳を、真っ直ぐ王にむけた。
フォート・リー王。まだ少年であった同腹の弟君からその王位を力で奪った、獅子王とも呼ばれる荒々しい王だ。
だが目の前の王は、細身の体で、優しい、中性的な顔立ちをして、柔らかそうな布で仕立てられた服に身を包んでいた。
前王と王の母君が成婚された時に、母君はすでにこの王を身篭られていた。
父親が不明瞭である事から、王位の継承権は授けられなかったのだ。
王の母君は、大変に美しく、そして恋に奔放な女性だという。
何も言葉を発しないレイチェルに、王は続けた。
「この度は遺跡の解読に力を尽くし、女神の系譜を継ぐものとして、礼に尽きない。神殿の乙女の働きには、最高の礼を持って遇そう。」
「だが、その内容について今日はまず話が聞きたい。」
そうら来た。
レイチェルは頭も上げずに、そのままの体制で一言呟いた。
「私がご覧に入れた内容が全てです。私からは何もお話する事はございません。」
机をドン、と叩く音が響く。
奥に立っていた、紫のローブの老人だ。紫のローブ。この国の神官長にしか許されない色。
老人はワナワナと震えている。
「ふざけるな!お前の報告通りとすると、失われた塔の半分には、」
石化した腕も痛々しい。女神の遺跡まで調査に行ったのは、間違いなくこの御仁だ。
大方、自身の学術研究の推測から大きく離れた内容に怒りが止まらないのだろう。
レイチェルは光の消えた瞳で、続けた。
「王には長子、女児の次は男児、男児の次は女児。神託の巫女には乙女を。そしてその次は愛を知った女を。世界は月と太陽でできている。」
「二つに分かれた兄弟は月と太陽。ルーズベルトの聖地にて月と太陽は結ばれる。喜べ子達、女神の愛は。。。」
「黙れ!!!」
レイチェルを遮ったのは、今度は王の側近の魔術士だと思われる。
レイチェルはぼんやり、もう会えないあの人を思った。
「女神のお言葉を、我らはずっと、違えていたと言いたいのか!!これは我が国だけの問題ではなく、アストリア国の王権にも波紋を起こすという事がわからないのか!!」
政治の事など、レイチェルに知る訳がないだろう。
レイチェルは感情のない声で淡々と続ける。
「私は攫われて、そして遺跡の解読を求められただけの、哀れな娘です。女神のお言葉の前に私などが、どんな力もありましょう。」
青白い顔は生気も感情もなかった。だが恐れもなかった。
次に口を開いたのはバルトだ。
「確かに、この遺跡の壁面の内容について、ジーン嬢に責任はない。この内容の重さに皆が戸惑うのも理解できるが、この娘に思いの丈をぶつけるのは間違いだろう。」
誘拐犯が真っ当な事をいう。
バルトは女神が浴びせた、怒りの謎の、糸口が見えた事に大変満足なのだ。
そして、王が、続けた。
「なあジーン嬢。この内容は誠にお前が見た物で違わぬと誓えるか?」
レイチェルは、ふつふつと湧いてくる怒りに、我を忘れて王を睨んで怒鳴りつけた。
どの貴人も、揃いも揃ってなんて勝手な!誓えるか?ふざけるな。
「信じたい事だけ信じたいのであれば、私をわざわざ攫ってきたりしないで下さいまし。見た物しか信じないのであれば、ご自分で見てきたら良いのです!女神のお言葉よりもご自分の命が惜しいのであれば、黙って指を咥えて、泉の端からあれこれ言っていれば良いのです!」
涙が勝手に頬を伝う。
こんな勝手な連中の思惑の為に、レイチェルは、あの、愛おしい人に二度と会えないのだ。
「おいレイチェル!王の御前だ!」
ドアの前で控えていたルークが飛んで来た。この男はこの会合に同席は認められていない。ドア前で控えることだけ許されていた。
レイチェルの肩を引きマントの中に入れて平伏すと、ルークは続けた。
「殿下、どうぞ寛大にお取りなし下さいますように!この娘は病に臥しており気がまだ混乱しているのです!」
王は大きな紫色の石の嵌った指輪の手を挙げて、側近を制した。
レイチェルの言葉に気を害した様子はない。
それよりも、もっとレイチェルに聞きたいことがある様子だ。
「。。いや、ジーン嬢の言い分が正しい。ただあの呪いの泉に近づくことができるのがジーン嬢ただ一人なのが問題なのだ。内容が内容だ。」
そしてしばらく考えにふけると、ふと思いついたように言った。
「質問を変えようジーン嬢。あの遺跡に、君以外のものが近づくことができる方法に思い当たることなどないか?」
「。。。あります。」
ルークのマントに抱かれたまま、レイチェルは続けた。
「泉の限界値を超えるまでの魔力を与えれば、呪いの泉は聖なる泉と変わりましょう。かつてあの泉はそうだったのでしょう?それをなんらかの理由で呪いの泉として、遺跡に誰も近づけないようにした者がいる。殿下はそこまではお分かりなのでしょう?」
王は大きくため息をつくと、ククク、と笑いを堪えた。
「面白い、ジーン嬢。ただの地味な娘だと聞いていたが、なかなか頭も回る。度胸もある。気に入った。さあ、聞かせてくれジーン嬢。どういう方法で持ってあの泉の力を反転させるだけの魔力を与えるつもりだ。」
レイチェルは、気が違ったかのように大きく笑った。笑って笑って、そして一頻り笑い終えると、今度は爛々と瞳に光を取り戻し、そして言い放った。
「ロッカウェイ公国の第一公女、ジジ様をお招きして協力を仰いでは?貴方方に、それができるのであれば、ね。」
ロッカウェイ公国はアストリアの友好国。そしてジジはアストリアに留学中の身。フォート・リーとの国交は、ない。ジジを呼びたければ、アストリアに頭を垂れよとレイチェルは言っているのだ。
レイチェルはルークの傍らから出ると、ツカツカと貴人達の側に歩み寄り、不敵な笑みを浮かべて、そしてこう言った。
「私は何も見なかった事にしたらよろしいですわ!さっさと私の首をはねて仕舞えばいかがですの?」
神殿の乙女を傷つける事は、女神の怒りに触れる。
レイチェルを誘拐した際も、毛筋一つも傷を付けない方法で連れてきた。
そして、レイチェルは内容を正確に把握している。なかった事にはもうできない。
男達は黙る事しかできなかった。




