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この男はうるさいが、細かいところまで本当に気が回るのだ。
レイチェルは小舟に乗り込むと、ルークの用意してくれたカバンから、大きなタオルを引っ張り出して身を包む。
中には気付薬だの、レースのハンカチだの細々したものもあったが、とりあえず、タオルを用意してくれた事は本当に助かる。
「ルーク様!もうちょっとで帰るから待っててくださいね!」
「レイチェルこのアホ!さっさと岸に戻れ!」
せっかく見直したと思ったら、早速雷が落ちてきた。
ゲンナリとしながらも、レイチェルはフカフカのタオルがとてもありがたい。最高級の物なのだろう、包まれているだけでなんだか安心するような、眠たくなるような素晴らしいタオルだ。
また上手く漕げずに、右へ行ったり左へ行ったりわあわあいいながら、なんとか岸にたどり着いたら、ルークは火を起こして待っていてくれたらしい。
焚き火がレイチェルを待っていてくれた。
本当にありがたい。芯まで冷え切ってもう寒くて仕方がないのだ。
「いきなり潜るアホがいるか!大体どんな危険な生き物がいるかもわからない泉に、一人で飛び込むなんてお前なあ!泳ぐにしても、いきなり下着になる令嬢がどこにいるか!」
生真面目にも後ろを向いたまま他にも色々とうるさく文句をいうルークは、ちょっと可愛いなとレイチェルは思ってしまった。
「ごめんなさいルーク様、ちょっと内部で気になる部分があって、、は、は、、ハクション!」
絶対風邪ひいたはずだ。ブルっと寒気がくる。
「一人で勝手に行動するな!俺がどれだけ心配したかお前わかってんのか?」
ルークはレイチェルが、きちんとタオルで体が包まれている事をレイチェルに確認して、それからやっとレイチェルの方を向いて、自分のマントを脱いでレイチェルにかけてやる。すっきりとした、青い百合の香りがする。
(ああ、これがルーク様の香りなんだ。。)
むせ返るような濃いジャコウの香りのする男の事を思った。
(。。きっと、これが終わったらあの人の元へ返してもらえるわ。。)
レイチェルは、この仕事の為に呼ばれたのだ。これが終われば用済みのはず。
レイチェルは、まだ色々文句が言い足りないらしい怒り心頭のルークにそっと、書き付けを渡した。レイチェルの今夜の大仕事の成果だ。
残念ながら、ルークは古語には詳しくはない。
魔術に直接関する事であればしっかりとした教養があるが、今日レイチェルが解読したのはほとんど古文学や、神学の域の教養である。
ルークも、一見しただけで自身の手には負えない事がすぐに理解できる書き付けの内容である事は理解できた。さっきまでアホだのなんだのレイチェルの事を散々こき下ろしていたが、やはりアストリア国から非人道的な方法で召喚する必要があったほどには、レイチェルは得難い知識と、能力の持ち主なのだ。
「。。。よくやった。レイチェル。礼をいう。」
ようやく小言をやめてレイチェルの書き付けを受け取ると、しばらくの沈黙ののちに、レイチェルに礼を言った。
そしてルークはこんなものまで用意してきたのか、美しいカットのあるワイングラスを出してきて、発泡酒を注いだ。
「お祝いだ。乾杯でもしよう。お前こんなだけど、酒は飲めるんだろ?」
「こんなだって、どういう事ですか!今年ちゃんとデビューしたから、飲めますよ。多分。」
「おい、多分って、どういう事っって!あー!一気に飲むなよ!」
「あら、これがお酒ですか。結構美味しいですね」
二人は、静かに、この長い夜の明けるまでを焚き火の前で過ごしたのだ。