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全く、ルークはこういう方面に関しては、素直に尊敬できるとレイチェルは思うのだ。
金木犀の香る丘の上で、レイチェルは生まれた初めて眼下に広がる、大きな海を見た。
丘の上ではルークは海の生き物の描かれている美しい食器に、貝殻を型どった焼き菓子まで用意していた。
テーブルに敷かれているクロスには、人魚達が海辺で微睡んでいる姿が描かれていた。
海の女神になった気分になるだろう、とルークは自慢げだ。
初めて海を見るレイチェルの為だけに、完璧な海の茶会を用意してくれたのだ。
ルークはそれから、レイチェルの知らない海の物語も教えてくれた。海の人魚と王子様の悲恋だ。
ミツワに帰ったら、その人魚が歌ったという歌を、楽器で演奏してくれるという。ルークは大変演奏が上手く、王女のサロンでもよく腕前を披露していると、ルーナが教えてくれた。
普通にしていればこの男は、割と博識で話も楽しいのだ。もうちょっとガミガミうるさいのでなくて、キザったらしいのでもなくて、こういうお話したいなとレイチェルは思ってしまう。
「レイチェル、今日はしっかり働けよ!うまく行ったらなんとか宰相の許可を取って海に連れて行ってやるよ。」
「海に連れて行ってくださるの!!私海に行ったら、潮騒が聞こえるという巻き貝を拾ってみたいわ!」
「ああ拾ったら良いさ。俺がタコを捕まえて見せてやるよ。タコは足に吸盤があって、、、」
お茶会も終えて、遺跡に向かう馬車の中、レイチェルはずっと興奮して、ルークに海の話をねだっていた。
アストリア国の王都から海は遠いのだ。
レイチェルだって海に関する魔術や文献は読み漁っているが、読むと見るとでは大違いだ。
海のある避暑地にも城を持つ、ルークの話はとても面白かった。ルークが子供の頃に見つけた鮫の死体の話だの、自分一人で海に小舟を出して危うく遭難しかけた話など。
レイチェルが瞳をキラキラさせながら、色々話をねだるので、ルークも思いかけずにたくさん自分の子供の頃の避暑地での話をしてしまった。
令嬢相手に、自分の事を話すのはそういえば初めてだとルークは気がつく。令嬢とは話を聞いてやり、その美しさを褒めてやるもの。話題は芸術と流行の話。
レイチェルと話をするのは楽しい。レイチェルは俺自身の話を聞いてくれる。それから、レイチェルはレイチェル自身の話をする。
気がつけば、あと数刻で遺跡に着く場所まで馬車はやってきた。
蹄の音を聞きながら、ルークは、いつまでも到着しなければ良いと、ぼんやり思っていた。