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「この山道を超えたら一旦休憩だとルーク様はおっしゃってますので。もう少しの辛抱ですよ、レイチェル様。」
レイチェルは酔うからと言って本も読ませてもらえず、指を怪我するからと言って針も持たせてもらえず、盤上で遊べるゲームばかりもう数刻して、すっかり飽きてしまったのだ。ルークは休憩所の警備の確認の為、少し馬車を離れている。
「ルーナ、もう馬車飽きちゃった。ちょっと背中かゆくなっちゃったから、背中のリボン外して掻いてくれない?」
「レイチェル様!ルーナが叱られてしまいますわ。ルーク様、それはそれは細かいところまで、お手づからご用意されたドレスなんですから。他の娘達であれば、飛び上がるほど嬉しいドレスですのにね。」
「ルーク様がそんなに頑張ってご用意くださったの?なんでルーク様、私によくしてくださるのかしらね、お花も毎日替えてくださってるのでしょう?いつもうるさいけど。」
「カーテンもレイチェル様がお越しになってから、二回変わったのはご存知でした?こんなに細やかに心を砕いてくださるのに、うるさいなんておっしゃったら失礼ですよ。」
「あれ?そうなの?なんだか明るさが変わったと思ったの。うるさいなんて言って悪かったかしら。でも本当にうるさいんだもの!」
レイチェルは知識としては聞いて知っているが、ルークはちなみに、社交界の花と呼ばれている美貌の男だ。この男にこれだけ甲斐甲斐しく世話をされて、本来ならレイチェルは、フォート・リーの乙女達を全員敵に回してもおかしくはない。
(本当に不思議なお方ね。。)
ルーナは思う。
敵に回すどころか、ミツワの娘達は、ガートルード王女も含めて皆レイチェルの味方だ。
(いつか、このお方を大切な人の元にお返しして差し上げたいけれど。。)
それはおそらくは叶わない願いだ。
このお方はフォートリーにとって大変貴重なお方。
今日もこうして国の為に、利用されにはるばる馬車に揺られているのだ。
ルーナの思いが吐息に変わる頃、遠くから麗しい声が乱暴にレイチェルを呼ぶ声が聞こえてきた。
「おい!レイチェル準備ができたぞ!さっさと降りてこい。」
ルーナの知る限り、この男はどの令嬢に対する言葉使いでも、大変慇懃無礼でキザだ。こんな乱暴な言葉で令嬢と話をする所はレイチェル以外では、見たことがない。
「あの丘の上にお茶とお菓子を用意してるから。手芸もしたいんだろう?さっさと降りて来いよ。」
レイチェルが馬車から滑り降り、ゆっくり丘の上まで登ると、そこには眼下一面の、海が遠くに広がっていたのだ。
引きこもり令嬢は、初めて海をみた。
「。。。綺麗。。。」
感動で言葉を失うレイチェルに、ルークは大満足だ。
「レイチェル、お前みたいな引きこもりなら、この風景は絶対見た事ないだろうと思って、ここに休憩場所作ってやった。ありがたく思え!」
尊大に言い放つルークに、レイチェルは、それは大きなクシャクシャの笑顔をルークに向けて、即答した。
「ありがとうルーク様!!大好きよ!!」
(あーあ、レイチェル様ったら。。もう。。)
ルーナはもう、笑いを堪えるのに一生懸命だ。
レイチェルの隣に立っている、フォート・リーの太陽の騎士は、その美しい顔を赤くしたり青くしたり、口をパクパクさせ微動たりしないで立ち尽くしている。
レイチェルは全く意に介さないらしく、もっと近くで海を見ようと走り出し、ルーナは慌てて追いかけた。
「レイチェル様!走ると危ないですよ!レイチェル様ったら!」