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ルークによると、レイチェルがそもそもフォート・リーに召喚された1番の理由は、実はミツワにある女神の神殿の遺跡の発掘のためだったそう。
フォート・リーがアストリア国の神殿の天幕に仕掛けた罠を破ったレイチェルへの報復、王宮で王族しか知り得ない方法での犯罪による、黒幕の存在の匂わせ。他色々と理由はあるのだが、フォート・リーの女神神殿の遺跡の調査に、どうしても「石」で、術式に高度な知識のある乙女が必要だったとか。遺跡の内部に発掘の難しい場所があると言う。
「なんだ、そんなの手紙で教えてくれたらいいじゃない。いちいち誘拐しなくても女神様の事ならアストリアからでも手伝いにいくし、ルーク様もややこしい事言わずにさっさと私にお願いすればよかったじゃない。」
レイチェルはブツブツいいながら術式を組み立てている。
「お前な、フォート・リーとアストリアの関係知ってるだろ。それに俺はお前みたいに礼儀知らずな女と話しした事ないんだ!おい、ところでこの色一体なんだよ。だからお前はダメなんだ、ここはこっちの黄色を少しだけ入れて、金のモールだ!本当にお前はセンスないなー!」
ルークが酔っ払ってレイチェルに絡んだ日から、こうやってルークは毎日レイチェルの部屋に訪ねては、なんだかんだで髪飾りのデザインの手伝いをしているのだ。
ルークの最大の任務は、レイチェルから女神神殿の調査の協力をもぎ取ってくる事だったのだ。
その為に手を変え品を変え、レイチェルのご機嫌を取っていたのに、酔いに任せて神殿調査を協力してくれ、と言うとレイチェルは、たった一言「いいですよ」ときたものだ。この娘は別に自分が役に立つのであれば、侍女の髪飾りだろうがルークの神殿調査の依頼だろうがなんでも良いのだ。なんだ、この一月余りの苦労は。
その代わり、髪飾りの事は令嬢達に迷惑がかかるので、内密にする事。防犯の為令嬢と面会する時は、ルークはレイチェルの部屋に隠れて、会話の内容は聞く。それだけが約束として二人の間で交わされた。
令嬢がレイチェルの部屋にやってくるまでの間、こうやってルークはレイチェルの作業をなんとなく手伝いながら控えているのだ。
神殿の調査はすぐに手配されて、次の月がみちる日に、ルークがレイチェルを神殿まで連れて行く事となった。立派に職務を果たしたルークに、父である宰相は大変満足だ。
「お!さすがルーク様ですね。いきなり髪飾りが上品で華やかになった!ルーナ、見て!ルーク様すごいの」
「あら、これはかわいいですね、モールがあるのとないのとでこれだけ華やかさが違うのですね。」
レイチェルもルーナも、ルークが手を加えた髪飾りの下絵に目をキラキラさせている。この男は頭のてっぺんから足の先まで、どのように装えば自らが一番美しく見えるかよく知っている。そしてどのような装いが令嬢を美しく見せるのかも、よく知っている。
ルークはブツブツ文句ばかり言っているが、レイチェルは本心でしか話をしない事はよく知っているので、この娘に褒められるとなんだかとても嬉しい。
「しょうがないな、こっちも貸せ。こっちは色はいいけど、絹ばっかりじゃ芸がないんだよ。素材をちょっと変えてみろ。」
そして、レイチェルが書き起こして手芸に落とし込んでいる術式を毎日見ているにつけ、徐々にレイチェルに尊敬の念が生まれてきていたのだ。
この髪飾り一つづつに、大変な手間と、大変な高等な魔術の知識がつめ込まれている。それを惜しみなく娘達に与えることだけでも大変なことだ。
だがそれだけではない。
レイチェルは娘達の話をよく聞く。
田舎に久しぶりに帰るから、ちょっと王宮で洗練した自分を弟妹達に見せてやりたいと言う侍女には、術式の中に光を組み込んで、キラキラして見えるようにしてやったり、今度の夜会で素敵な人と廻り会いたいと言う令嬢には、ちょっとだけ魅了の術式を入れてやったり。お茶会が苦手だと言う娘には、勇気が湧いてくるような祈祷をそっと入れてやったり。
一人一人の娘達の事を思いやって、余計な手間のかかる術式を髪飾りに入れてやっているのだ。
レイチェルは娘達には何も言わない。
娘達はただ髪の真っ直ぐになる飾りを受け取って、無邪気に部屋を後にするだけだし、ルーナは術式の知識がないので、レイチェルが何をしているかはよくわかっていない。
おそらく、ルークだけが、レイチェルが何をしているかを正しく知っている。
(あいつは、祈ってやってるんだ。一人一人の幸せを。)
その思いは、ルークを暖かいような、くすぐったいような、それから何か他の妙な気持ちで心を満たした。




