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「そういえばその後、ゾイド様とレイチェル嬢のお二人はどうなったんですか?」
王宮に帰る道、いきなりそうローランドは切り出した。
ローランドは静かな男だが、突拍子もないところはゾイドと全く同じだ。
レイチェルはゲホゴホ咳き込んでしまった。
「えっと、、あの後実はお会いしてなくて、、ほら、あの後すぐにゾイド様、聖地の方に向かわれた、でしょう。。?」
レイチェルが2度目に目を覚ましたあと、もうゾイドは聖地の国境に出立した後であった。
それは情熱的な書き置きを残して。
書き置きの内容を思い出して真っ赤になるレイチェルを横目に、ローランドは呆れて、それから少し笑って言った。
「レイチェル嬢は随分のんびりですね。ゾイド様があの様な態度を示されているというのに。王都のどのレディでも、すぐにゾイド様の気の変わらない内に神殿に引っ張っていって夫婦の誓いを立てさせると思いますよ。」
ローランドの目から見てもゾイドはアストリア国1番の結婚有望株だ。
どの娘も目の色を変えて、あの手この手でゾイドの気を引こうと躍起なのだ。
レイチェルは慌てて弁解する。
「えーと。。私ちょっとまだよくそういうのが分からなくて、あの、恋とか、そういうのはお姉さまのする事だったので。。まだゾイド様が、ああやって接して下さるのが、ピンと来ないというか。。」
おずおずと上目遣いにローランドを見る。
ああ、こういう所だろうな、とローランドはゾイドの心を思う。
初心でとんでもない魔術を駆使する地味な娘。本当に無欲で、それから、接してみるととてもとても可愛い。
ローランドはその緑の瞳を優しく和らげると言った。
「これはゾイド様は随分な難題に挑まれるのですね。どんな事でも、なんでも憎らしいほど軽々とこなす方ですから、少し困らせて差し上げても良いのではと思いますよ。」
あの美貌の天才が、この地味な娘に翻弄される所を少し見てみたいな、と。
ローランドは羨望を通り越えて、ゾイドの事は同じ人間としてみられないほど、ゾイドは何事にも誰も及ばない高みにいた。そんな神のごとく美しく、能力の卓越した男が、この一見なんの変哲もない可憐な娘に恋をして、全ての恋する男達と同じように躍起になっている姿は、なぜかとても嬉しくあったのだ。
レイチェルとローランドは、騎士団の駐屯所の端にある、小さな家の前で足を止めた。
本来は騎士団のまかないや洗濯を担当していたメイドの居住地だったが、今は騎士団の世話も王宮のメイドの担当になったので、空き家になっていた。レイチェルの身辺警護の為、レイチェルはこの小さな家に一人で住むことになったのである。
流石にゾイドの館でも、王宮の騎士団の駐屯地のど真ん中より安全な場所とはいえない。しぶるゾイドをねじ伏せて、ルイスが手配したという。
「ではレイチェル嬢、私は一旦殿下の元に戻ります。どうぞ気をつけてお過ごし下さい。」
明日にはジーク殿下に御目通りの上、報告との事。
ゾイドも同席するというので今ごろは聖地からの帰路かしら。
一人になったレイチェルは、新しく我が家になった小さな家の扉を開けた。