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「お姉さま!お加減はいかがなの!」
「ああチェル、チェルなんて可愛らしい。ドレスとってもよく似合っているわ。もう今日で大人になってしまうのね私の可愛いチェル!」
数ヶ月振りに再会する姉妹は、今年一の規模で開催される今夜の夜会の豪華さよりも、参加者の顔よりも二人にとっては姉妹の再会の方が余程の関心ごとだ。
魔法によってオレンジ色の光を湛えたまるで昼のような眩いシャンデリア、氷でできた小さな城の中に治められた珍味や不思議なデザートの数々、大広間にさざめくように、波を作る美しく着飾った紳士淑女たち。
毎年秋に、この年のデビュタントを迎える貴族の娘たちは、この館の夜会から社交界入りする。伯爵家でもその役割を与えられている事を大変誇りにしており、毎年趣向を凝らした演出がなされている。伯爵家でこの伝統が始まったのは、先先代の伯爵が、王妹を夫人に迎えてからだという。
大きなお腹を抱えた、美しい人妻となったライラは、レイチェルのもう一人の母とも呼べる優しい姉だ。年の4歳離れた妹を、それはそれは大切にしていた。ライラはレイチェルと違って快活で、社交好きで、そして美しい。姉妹は大分違う性格だが、お互いをとても大切にしていた。
ライラが下の弟妹を欲しがる頃に丁度生まれたレイチェルの事を、自分のために産んでもらったと小さなライラは信じており、どこに行くにも何をするにもレイチェルを連れたものだった。
そんなライラは「小さなママ」という呼び名で貴婦人達から随分可愛がられていて、子供連れのパーティーでは子供のテーブルではなく貴婦人の席を用意してもらった事も今では良い思い出である。
ライラが嫁いでしばらく、レイチェルは寂しくて自室に籠もって熊のぬいぐるみを300体仕上げたのには流石にヘラルドもオロオロしたものだ。結局熊を仕上げたらスッキリしたらしく奇行は収まり、300体の熊は、領地の病院と孤児院に引き取られて行った。
「お姉さま、アーロン兄様、お久しぶりです。」
ぎゅうぎゅうと抱きついていた姉をようやく引っぺがし、令嬢らしくスカートの裾をつまんで優雅に体を折り、カーテシーの正式な礼をとる。
今日のデビューの際に王族に挨拶する為、これだけは仕込まされていたのだ。久しぶりに会う姉夫婦に精一杯の背伸びだ。
「やあチェル、随分おとなっぽくなったね。素敵なドレスもよく似合っているよ。」
義兄のアーロンは芸術肌な男で、アーロンの代になってから美術品や珍しい織物、不思議な香りの香などの取り引きで家業を広げており、レイチェルの妙な趣味についても大変おおらかだ。初めて屋敷に挨拶に行った時は、奇妙な柄のレース飾りだのクッションだのに囲まれた客間に、苦笑したが、その意匠の面白さと、細かい技に実に関心し、その職人裸足の作者が他ならぬ自分の婚約者の妹だと知ってすっかり未来の義理の妹が気に入ってしまったのだ。レイチェルの掘り起こしてきた古い文様のいくつかは、貴婦人用の絨毯のデザインに採用してもっぱら好評だ。
「ありがとうお兄さま、お姉さま。お腹の赤ちゃんは順調なの?悪阻は落ち着いた?ああ楽しみだわ、早く赤ちゃんに会いたいわ!」
「チェルの御守りがよくきいたのよ。この御守りを貰ってからずっとよく眠れるのよ。」
大きなお腹をそっと撫でる。その腕には大きなダイヤモンドがあしらった金のバングルと、ビーズで編まれた小さな腕輪が見えた。
「レイチェルはお嫁に行かずに、うちの商会で扱う商品を作ってくれたらいいね。安産守りだの、恋愛成就だのの御守り、きっとヒットするよ」
「お兄さまったらマーサと同じ事言うのね。きっとお姉さまにだけ効くのよ。そんなの販売したらクレームと返品でお兄さまの商会が大変よ」
「チェルには仕事もいいけど、やっぱり素敵な旦那様と結婚してもらわないと!今日だってその可愛らしい姿を見染めた王子様からダンスに誘われて、そのまま二曲踊ってしまったりして!今日のチェルは本当に愛らしいもの!」
二曲踊るのは、婚約者の宣言。
ライラは姉の贔屓目でとんでもない夢物語のような事をいうが、さすがに領地を手堅く堅実にまとめ上げているジーン子爵の現実的な目にも、骨董や織物など審美眼に定評のあるアーロンの目にも、まあ、ないだろうというのが実際のところだ。
二人の男は目を見合わせて、少し苦笑いする。
レイチェルはどこにでもいる茶色い目の茶色い髪の、雀斑のある普通の16歳の娘。醜くはないが物語の主人公になるには到底、地味で平凡で、そして何より物語のお姫様になるには、大分変わっているのだ。
まあ誰かと何曲か踊って、いいデビュタントの思い出になればいい。誰かの目に留まったら御の字。それがこんな事となるとは。