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男達の思いを背に、レイチェルは一度も振り返らずに細い橋を渡っていった。
正確には、振り返る事ができなかったのだ。
ルイスあたりがレイチェルの顔を見たら、この様な事態でも大爆笑しただろう。
(!@$$^%$^&%*&・・でえええええええ!!!!!!)
レイチェルのあゆみこそ、しずしずとした美しいものではあったが、その顔ときたら。ふにゃふにゃになったかと思えば青くなったり赤くなったり、一人で百面相の状態、令嬢にあるまじきみっともなさ、とても人様にお見せできる様な顔をしていなかった。
(でえええ!!ぎええええ!!ちょっとゾイド様、言ったわよね!!!愛してるってさ、愛してるって!!!レイチェルの事よね!ちょっとマーサ、早く話聞いて、お姉さま!!ゾイド様あのめちゃくちゃな美貌で、愛してるってさ、私の事そう言ったのよおおおおおお!!!)
多分今晩、死ぬかもしれない。
レイチェルもアストリア国のために、悲壮な覚悟でジークの依頼に答えた。
だが根が残念令嬢である。
あまり考え込まないのが、自分の美点じゃないかしらとレイチェルも自負している。
今日、今晩死ぬかもしれないけど、憧れの神殿の乙女のドレスを着せてもらって、人外の美貌の婚約者に愛を乞われたのだ。まー、ぶっちゃけそんないい事があった夜になら死んだって、別に後悔ないよね、と極めて明るいのだ。というか、只今絶賛死にそう。
ともすればニヤニヤが顔に出てしまいそうになる。
(ちょっと鼻血出てないよね?うわー、顔見られないでほんっとうによかった。さあ、さっさと終わらせてゾイド様に、私の気持ちも伝えないと。。えー!っていう事は私も言うの?どうやって??え、ちょっと私たち両思い??両思いになったら、えー!!)
思い切りやましい思い全開で、この国で最も清浄な場所である天幕の前に立つ。
女神にバチを当てられても絶対文句言えないなあと押さえられない興奮を胸に抱き、天幕の中に入った
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天幕の中は、外の松明からの柔らかなオレンジ色の光に満たされていた。
中央には、女神が降臨したその地とされる、古代の魔法陣の跡があり、その周りを囲むように、幾十もの祈祷文や祝詞が重ねられている。光属性の乙女が祈りを捧げると、これらは大きく発動し、天幕内は髪一筋の不浄も侵入を許さないものとなるのだろう。
その聖なる足跡に、天井から、禍禍しい黒い影が映っていた。
(術式が、天幕の外側の天井部分に貼られたのね。確かに、これだけの祈祷がある内部に術式を展開できないから、天井から天幕に直接術式を落とし込んだってことね。)
容疑者は捕らえた、とか言ってたっけ。
ジジのポーションは強力だから、事の顛末はすぐに明らかになるでしょうね。
目下一番の問題は、この術式を解く事、か。万が一発動しても、ゾイド様の術式が神殿を巡っているから崩壊はしないのね。
なら。
失敗しても命を落とすのは、私だけ。
ゾイドの顔が瞼にちらついた。少し涙が浮かんできたが、すぐに振り払って、両手でペチン、と頬をうつ。
(ゾイド様、元気でいて下さいね。素敵な思い出を、ありがとう。)




