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レイチェル・ジーンは踊らない  作者: Moonshine
神殿の乙女
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すぐに神殿長が呼ばれた。


レイチェルに略式ではあるが、神殿長より祝福を与えられ、レイチェルは臨時の「神殿の乙女」となった。


(私なんかが神殿の乙女になる日が来るなんて、人生ってわからないものだわ。。)


神殿の乙女に選ばれる事は、このアストリア国の娘達の中でも最も名誉あるとされる事の一つである。

高い魔力を有している貴族の子女の中で、その中でも希少な光属性の魔力の属性を示した娘たちの中から、さらに厳しく選抜されて選ばれる。


乙女に選ばれると、結婚するまで女神に直接仕える、「神殿の乙女」となるが、神殿の乙女を輩出した一族はそれを大変な栄誉とし、乙女たちは結婚相手として大変人気が高い。


神殿の乙女の纏う白い柔らかなドレスは、王国の娘たちの憧れなのだ。


残念令嬢・レイチェルですら、姉と共に乙女ごっこをして遊んだ事がある。どこかにおもちゃの白い衣装がまだしまわれてあるだろう。

明らかにレイチェルには縁のない世界だと思ったものだが、本当に人生とはわからないものである。


神殿長の案内で、ジーク、ゾイド、ローランドとルイス、そしてレイチェルは、神殿の内部に向かった。

普段は神官や、巫女たちでごったがえしている神殿は今日は完全に人払いがされて、完全な静寂の世界だ。


真っ暗な内部を神殿長は先頭にたち、左手を掲げて、魔術でぼんやりとした灯を灯し、レイチェル達の足元をてらした。この国の最高魔術士の一人である神殿長に取っては、造作もない美しい魔術だ。


すべやかな白い石で囲まれた、いくつもの部屋を通り、ようやく大きな扉を開いて、奥の天幕の部屋までたどり着いた。

レイチェルもこの天幕の部屋には入ったのは初めてだ。

ここは祈りの部屋。許された聖職者のみが入室を許されるのだ。


天幕の部屋は、王城の大ホールよりも広い、静謐な空間だった。天井は、どんな音でも木霊する、高い、高い空まで届くかのごとき天井だ。遠い天窓から月明かりが差し込む。

奥に小さなテントが魔力による松明によって美しく照らされていた。


空まで続く白い壁にはいくつもの創生神話の登場人物の彫像が掘られており、

聖水が流れる水路が、天幕を囲むように走っている。

火の燃える音と水の流れる音のみが、高い天井に届く。


水路には、天幕にむけて一本の橋が架けられてある。


「ゾイド様、ここから先は我々は入る事が許されていません。レイチェル嬢一人で橋を渡っていただきます。」


橋の前まで進むと、神殿長は言った。

ゾイドはここまでの道のりで、ずっとレイチェルの手を離さなかった。

強く、硬く握られたゾイドの手の平からは、じっとりと汗が滲んでいた。


「ゾイド様、私は大丈夫です。見守っていてくださいませ。」


レイチェルは冷静だった。

ローランドに持っていてもらった、レイチェルの手芸用品の入ったバスケットを受け取ると、ゾイドをそう諭した。


ゾイドは名残惜しそうにレイチェルの手を胸元に抱きしめ、そしてその唇に運んだ。


「レイチェル、私は貴女を失いたくない。」


ゾイドは震える声を抑えて、絞り出すようにそう言った。


万が一術式が発動すれば、レイチェルの命の保証はない。

また、女神の怒りをその身に受ければ、どのような事がレイチェルの身に降りかかるか、それも定かではない。


ゾイドは久しく忘れていたこの感情を思い出した。


(そうだ、この感情は)

(恐れ、だ)


ゾイドは、何もかもが己の思いのままの人生を送ってきた。

魔法伯家の長男として、高い身分と高い魔力を持って生まれ、子供の頃から天才の名を欲しいままにしてきた。

馬術も剣術も、すぐに師を超え、学術に至っては、国内での首席最高学位の栄誉が与えられている。

潤沢な富を有した伯爵家の両親はこの才気あふれる長男に何一つ惜しむ事なく与えた。

人外の美貌と称され、あまたの女達の愛も、男達の羨望も、欲しいままにしてきた。

何もかもが思うがままで、ゾイドは周囲の人間にも、この世にもすっかり退屈だった。


唯一魔術だけは不思議と退屈しなかった。

魔術には底がなく、学べば学ぶほど、知らないことの多さを思い知らされた。古今東西の魔術を学び、恵まれた魔力を使い魔力でねじ伏せるように様々な術式を手に入れてきた。

それでも、まだまだ極みは遠かった。


レイチェルは魔力の一つも持たない娘だった。

ただ魔術を愛し、それを自分の楽しみと、人の役に立つ事をまっすぐな心で喜んでいた。

魔術の術式も、単純なものからとんでもなく高等なものまで分け隔てなく、そして惜しみなく楽しんでいた。


(魔術とは、古代このように、人と寄り添ってきたものかもしれない)


レイチェルはゾイドの事も、魔術と向き合うように、一人の人間として真っ直ぐに向き合ってくれた。おそらく両親ですら、ゾイドの輝かんがばかりの才能や美貌の前に、ゾイドその人と向き合う事はなかったと思う。


レイチェルと一緒にいると、感情のない男と呼ばれて久しかった自分に、遠くに置いてきた驚きや、感動、楽しいと言った忘れていた感情が、砂漠に水が撒かれた後にように蘇ってきた。

そして、レイチェルを前にした時に胸を通り抜ける感情の名前を、知った。


「レイチェル。。。貴女を失うのが怖い。私は、貴女を、愛しています。」


ゾイドはレイチェルをぐっと抱きしめ、耳元で吐き出すように、力強く、そう呟いた。


揺れる赤い、切ない瞳を背に。

レイチェルは一人、聖なる橋を渡った。



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