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ジークは作戦本部の、奥の部屋にいた。
もう三日もまともに眠っていないと力なく笑いながら愚痴をこぼしていた。
側に控えるルイスや、ローランドはその比ではないのだろう。
どの目の下にも黒い隈があり、ここ数日の激務が思われる。
レイチェルはどう言葉をかけて良いか分からず、俯きながら話を聞く。
ローランドは言葉もなく、幾重にも重ねた防音結界を作り上げた。
結界の中の空気は張り詰めていて、息を吸うのも痛い気がした。
レイチェルは拳を握り締めて、ジークの言葉をまった。
「君に依頼したいのは、神殿の奥に張られていた術式の解除。」
ジークはバラリと数十枚の紙をレイチェルの目の前においた。
神殿に展開されたと言う術式の全てだ。とジークは言った。
組み込まれた術式は極めて複雑で、緊急避難的に、術式が発動しない様に周囲の壁に強い氷の術式を展開している。ゾイドの技だとレイチェルは直感した。
レイチェルは怯えながらも、術式の一つ一つに目を通す。
かなり古い、外国の術式を重ねてある。
「お嬢ちゃん、これは全て神殿の天幕に張られていた術式だ。解除しないかぎり天幕は大爆発を起こす仕組みになってる。って、お嬢ちゃんならすぐに分かるか。」
明るいルイスの声が、枯れていた。
容疑者は何名か捉えている。とジークは言った。
ジジのポーションのいく先であろう。
「我々が解呪する際は、術式に魔力を通してその全容をまず把握し、そして対抗する魔術を展開する。が、この術式は聖なる天幕の上に書かれている。魔力を通すと、その瞬間に天幕が燃え上がる術式を幾重にも重ねて、必ず解呪の際に、魔力による発火がする様に仕込まれている。神殿を焼き払ったと言う汚名をこちらに着せるつもりなのだ。」
ゾイドが淡々と続けた。
レイチェルはその間にも、術式に目を離さない。
「。。。ゾイド様、天幕は清められた絹と麻でできていて、天幕に出入りが許されるのは、清らかな乙女のみ、違いますか」
ゾイドは苦しそうな顔を見せて、吐き出す様にこういった。
「レイチェル嬢、私も女神の信奉者だ。ここにいる者全てが、そうだ。我々では聖なる天幕に触れる事はできない。」
レイチェルは、理解した。
広いアストリア国の中でも、これだけの複雑に組み込まれた術式を、魔力の発動なしに解呪する事ができる清らかな乙女など、そうはいない。
しかも秘密裏に処理をしなくてはいけない。
レイチェルのか細い双肩に、この国の未来の行方を託さざるを得なかったのだ。
(きっと、これが女神のお導きだったのだわ。)
レイチェルは、もう思い出すのも難しくなってしまった、亡き母の顔をぼんやりと思い出した。
何をしてもライラの様に上手にできず、お友達もうまく作る事のできなかったレイチェル。自分でも好きになれない地味な顔つきで、いつも妙な本ばかり読んでは針を握っていた少女時代の頃だ。
その日も他の子供達の輪に入る事ができなくて、ひとりぼっちで泣いていたのを母が慰めてくれたのだ。
レイチェル。泣かないで。
人と違うって、大変よね、辛いことも多いわね。。でもね、女神様は人と違う様にお前をお作りになったのよ。
人と違う何かをお前になしとげてほしいと。そうお思いになったからよ。
だから涙を拭いて、お前がお前でいる事を誇りにしなさい。
お母様はそのままのお前を心から愛していますよ。
女神様のお導きがある、その日まで、胸を張ってお前でいなさい。
「すぐにむかいます。」
真っ直ぐに顔を上げ、レイチェルはゾイドの顔もみずに、ジークに告げた。