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ローランドが紅茶を持ってゾイドの研究室に訪れたのは、日も傾き始めた頃だった。
「ゾイド様からここにいる様に言われたのですけど、随分長くて。」
困った様にレイチェルはほほえんだ。
ローランドは、ゾイドの使いだと名乗り、話相手に来たと申告した。レイチェルは素直に退屈していたと喜んだ。
実際大分退屈した様子だ。ソファの前のティーテーブの上にはゾイドの蔵書から読めそうなものを拾ってみたのか、数冊の魔術書があり、何枚かメモを取っていたらしい紙が綺麗にならべてあった。
「ゾイド様はああいう方ですから、さぞ混乱なされている事でしょう。」
ローランドはオレンジの香りの紅茶をレイチェルに注いで、差し出した。
「もう慣れてはきたんですけれど、やっぱりまだよくわからない事が多くて。あの方のお好きな食べ物も、どうやって休日を過ごされているのかもわからないのですよ。」
「ご本人に直接お聞きすれば良いではないですか。」
「そうなのだけど、お会いするとついつい趣味のお話ばかりで、お互いの事の話なんて何もせずですのよ。」
カップを手に取ると、レイチェルの好きなオレンジの香りの紅茶だった。
ローランドの穏やかな気質は地味な性格のレイチェルによく合った。ギムナジウムの様子や、しばらく会っていないという領地の弟の話、よく母が慰問に行っていた孤児院の名物の焼き菓子の話など、ローランドの話はとても心地よかった。
レイチェルも促されるまま、屋敷の庭のメリルの花、嫁いだライラの残していったちょっと迷惑な野良猫の話、そして自身の奇妙な趣味の話。
ローランドも、気の強い高位貴族の御令嬢や才気あふれる才媛ばかりを扱う事の多いなか、とんでもない魔術使いのはずの、控えめで地味なレイチェルの話は心に優しかった。
二人は長年の友人のように夕日の差してきた研究室で、穏やかな時間を過ごしていた。