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「有り得ないのですよ。レイチェル嬢。この石は、私とルイスで蝙蝠の腹から引きずりだしてきました。何も他の干渉は入っていない。なぜこんな色合いに。。」
ぶつぶつと美貌の魔道士はつぶやく。
もう婚約者との甘い時間の事などすっかり忘れて、一流の魔術研究者としての、例の表情の読みにくい顔になっていた。
(ゾーイードー様!言い方!)
レイチェルは己の鎖骨の間で七色に輝く石が、今回の騒動の端を発している事に気づいた。せっかく綺麗なペンダントを貰って、ちょっと乙女な気分になっていたのに、酷い。
「レイチェル嬢、大変失礼ですが、これから幾つか検査をさせて下さい。それから今日ご自分に施している術式を全て漏らさずに教えて下さい。全て調査します。」
有無を言わさん言い方にレイチェルはたじろいでしまった。
「えーと。。」
唾をぐっと飲み込んで遠慮がちに反論してみる。
「い、痛いのはちょっと。。あと、屋敷に報告しないとお父様もマーサも心配するので。。後日ゆっくり。。」
「検査に痛みを伴ったりはしません。ご家族には今使いを。」
ゾイドは机に向かって何やら書きつけると美しい緑色の筒に入れて窓に向かって口笛を吹いた。隼が真っ直ぐにゾイドの腕に降りてくると、ゾイドは筒を掴ませる。
「いい子だ。分かるか?東に飛べ。赤い屋根で、メリルの庭のある邸宅だ。さっき術式を展開したから魔力を伝っていくといい。」
小さな茶色いお菓子のようなものを与えると、隼は一回首をふって大空に飛び立っていった。
遠くの空に一つの点になってしまった隼をレイチェルは驚きの気持ちでポカンと眺めていた。伝書鳥は大変高価で、一般には滅多に使われない上、使われても鳩がせいぜいだが鳩は途中で他の動物に襲われる事故がある。
王族と、許された大貴族のみ伝書鳥に、よく訓練された隼を利用するらしいが、王族以外で隼の利用が許されているのは、「サージ」の称号を持つ、国の重要人物と認定された人物の本人のみだ。
(ゾイド様がサージだなんて聞いてないわよ!なんでそんな立派な方が私に構うのか、もう訳がわからないわ!しかもサージの隼って国家機密の連絡事項のやりとりに使うのよね。私なんかの居場所をお父様にお知らせする為に使うような物ではないはずよ。。)
レイチェルが茫然自失していた間に、ゾイドは金属の板と、分度器を2つ十字に重ねたような半球体の定規のような物を持ってきた。相当古い物らしく、金属は鈍い金色で光を失っており、板に刻まれた様々な数字は失われた王朝で使われていた文字だ。分度器の交差する点には鎖が吊るされており、鎖の先には菱形の、水晶のような石が下がっていた。
「これは、天体を模した、古い魔力計測機です。」
ゾイドは簡単に器具のホコリを払うと言った。
「まず貴女の蝙蝠石をこれで計測します。失礼」
ゾイドはレイチェルから七色に光るペンダントを受け取ると、金属の板の中央におく。
みるみるうちに七色の光は失せて、黄緑色の柔らかい光に変わる。
そして何やら取り付けられている魔力計測機の鎖の先の菱形の石は、ビン、と一方向を指して止まった。
ゾイドは計器の数字を読み取り、止まった方向や角度を書き留める。
「。。。9時の方向に高度23、やはりこの石は何も変わった所がない、普通の蝙蝠石です。そうなるとやはり。」
レイチェルはぶるっと背筋に寒気がした。
完全にゾイドの赤い目の奥には、捕食者のような光が宿っている。
「レイチェル嬢、この板の上に手をおいて下さい。」
「ゾイド様、あの、ご存知の通り私には全く魔力はありません。ジーン家の歴史を遡っても魔力持ちの人間なんていませんので。。」
ゾイドはレイチェルの言うことなどもう聞いてはいない。
レイチェルは仕方がなく魔力計の中に手をおく。
鎖は重りがついたかのようにぴったりと動かなくなった。レイチェルも何も感じない。
「ですからね、ゾイド様。私には魔力がないんですよ。全くないんです。何か期待されていたのならごめんなさい。ですのでそ~ろそろ家に返していただけたら嬉しいですが」
顔を引きつらせながらレイチェルはこの場からそろそろ逃げる
ゾイドはその美しいかんばせに、憂いを漂わせてしばらく沈黙し、ようやく口を開いた。
美しい男の憂い顔に、レイチェルは不本意にも、少し胸が弾んでしまった。
「。。だから問題なのだ」
「はい??」
「一般的には」
ゾイドは信じられない物を見るような目でレイチェルを見て、続ける。
「一般的には、どんな人間でも、少しは魔力を持っている物なのです。魔力とは生命力そのものです。生きとしいける全てのものに魔力はあるにです」
続けて、絞り出すように声をつなげる。
「ですが」
「あなたは、全く、見事なほど何も魔力が発露していない。」
「はあ・・・」
がっくり肩をおとす。
何を言い出すかと思いきや。
(何、そのものすごーくショックな宣言!!!最高に魔術の才能がないことをそんなに証明したいの?)
レイチェルはずっと魔力もちに憧れ続けてきた。王都の魔法学院に入学して、使い魔を従えて大型魔法を展開して悪を成敗する、と言うのがレイチェルのお気に入りの妄想。。もといお好みの空想の世界だったのだ。だったのに。
ゾイドの容赦のない空想世界への死刑宣言ののち、ゾイドは言った。
「レイチェル嬢。しばらくここにいて下さい。私はジーク殿下に御目通りする必要がある」
魔術師のローブをひき掴むと、嵐のようにゾイドは研究室から去っていった。
と、思ったらゾイドはドアの前で引き返してきて、一つの鍵を投げて言った。
「戸棚の横に扉があります。そこから奥は私の私室です。ご自由にお過ごし下さい。」
そして、嵐のように去っていった。
レイチェルは、埃っぽいこのゾイドの部屋に一人、鍵を握ってのこされていた。