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アストリア王国には主に3つの派閥がある。
王位についたアストリア王、王弟であるジーク王子を擁立する古王朝派。
前王の妹君の嫁いだウッドベリー侯爵家が筆頭である、王国最古の血統ウッドベリー派、そして前王の第二妃の実家で、カットキルという辺境の大領地を抱える武闘派のカットキル派。国内の安寧は、この3派閥の平和的な共存にある。
議会や裁判所、また商工ギルドなど全ての公の場面の人事において、この3派閥の均衡は最優先事項として考慮されている。
ちなみに、ジーン子爵はその3派閥ではなく、「緑派」と呼ばれる、政治力はほぼゼロの、しかしどの派閥からも中立の派閥に属している。
ジーク王子の婚約問題は、非常に繊細なバランスを求められる問題だ。
そもそも儚くなってしまった友好国の姫君と、ジーク王子の婚姻は幼少の頃から確定していた事から、国内の貴族の令嬢とジーク王子の交流は、そこまで重要視されて来なかった。
ジーク王子は己の属する古王朝派の令嬢や子息とは交流があったが、他の派閥の、しかも令嬢との交流はあまりなく、また自身も貴族の交流会よりは魔術と武術にのめり込んでいた。
父である王も、婚約者の決定して外国に婿に行くことが決定いる、しかも第二王子の国内での社交に関してはあまりうるさく口を出さなかったのだ。
ジークの外国への婿入りが立ち消えになった頃、第一王子が結婚し、アストリア王となった。
アストリア王となった第一王子の妃が古王朝派出身であった為、今になってジークは国内の古王朝派以外の令嬢と、こうして日々お妃選びも兼ねた、親睦お茶会を開くハメになっている。
「ジーク殿下、次はカットキル派のご令嬢で、領地の名産品は葡萄酒です。兄君が騎士団第二部隊に所属されておられ。。。。。。」
ジークは今日は政務室にて午前は政務、午後は今週になって3人目のご令嬢とのお茶会。
大変に役に立つ男・ローランドから令嬢の情報を受け取る。が、会って仕舞えばどれもほぼ同じような令嬢ばかりだ。
「ローランド、お前もう俺の代わりにお茶会も行ってくれ。天気とお芝居の話と、後は適当な庭園の花の話でもしてろ。古い詩の一つ二つでも混ぜて装いを褒めれば満足におかえりいただける事間違いなしだ」
政務の書類を捌く手を休める事なく、その水色の宝石のような瞳をむけて、ローランドに悪態をつく。
この所隣国、フォート・リーの不穏な動きの報告が後を立たない。
ジークはこの動きに関しての指揮権の一切を王から託されている。
日々の政務に加えてこの難しい状況の対応で、ジークは疲労困憊している中で、さらに自身の結婚問題だ。悪態の一つや二つつきたくなる。
「お気持ちはよくわかりますが、殿下。今日は頑張っていただかないと。お茶会が終わりましたら、お待ちかねのジーン子爵嬢の報告書が上がっています。今日の報告書もなかなか興味深いものかと。」
レイチェルの報告書は、すっかりそれを閲覧する者にとっての娯楽になっている。
閲覧優先の低いレイチェルの報告書は、ローランドが処理しても問題ないのであるが、こればかりは嬉々としてジークが処理したがるので、今やジークの「ご褒美政務」の一つだ。
「ご褒美政務」の他の物としては、王都の娼館の賓客の名前の報告、一定以上の貴族の姦通情報など。
レイチェルの報告書、と聞いて少しジークは機嫌を直した。
「ジーン嬢か!あの面白い娘の報告書はいつもど肝を抜かれるな。今日のお茶会もジーン嬢であればどれだけ退屈しないひとときを過ごせるだろうな!本気でゾイドがうらやましくなってきた」
全く楽しそうに、行儀悪く薔薇の木でできた執務室の優雅な作りの机に足を投げる。
行儀悪く振る舞っていても、どうしても気品が抜けないのはさすがの王族だ。
午後の光の指してきた執務室で、光を後ろに行儀悪く足を投げ出すジークは、一幅の絵画のようだ。
先日のレイチェルとのお茶会は、ジークにとって鮮烈な物であった。
レイチェルは麗しい、この国で最も高貴な男に対しても全く臆さずに、ただの魔術バカ同志としてそれはそれは楽しい魔術談義を交わしたのだ。
話をして分かったのは、レイチェルの術式に対する知識はかなり偏っている事。は間違いない。魔力を持ち合わせていない事、術式を正式に学問として師について学術的な方法で身に付けていない事、魔術史資料館のかなり偏った蔵書から得た知識しかほぼ持ち合わせていない事。
大変独創的な方法で、しかし自分の発動させたい魔術を見事に発動させて、悦にいっている不思議な令嬢。どこまでも会話は面白く、久しぶりに時間が立つのを忘れた日だった。
またレイチェルは、ジークの美貌よりもその地位よりも、ほぼ不敬になるほどその魔力の発動に一番喜んだ。レイチェルの前では、ジークもただの人。魔術の上手な、ただの人なのだ。そんな扱いを受けた事はジークの人生で一度もなく、くすぐったいような嬉しいような、誇らしいような、そんな気持ちを後にレイチェルとのお茶会を後にしたのだ。
「ゾイドといえば、先ほどゾイドの転移魔法の発動が確認されました。場所は東の塔の前、人数は2人だったので、客人連れです。戦時下以外でゾイドが転移魔法で研究室まで飛ぶのは初めてですね。後で連れの客人が誰かをさぐらせましょう。」
ローランドは淡々と報告するが、ゾイドの客人が誰かはほぼ当たりはついている。
ローランドは、大変厄介な男達に、自身の預かり知らぬ所で面白がられているレイチェルに、少し同情した。
(後で塔に、オレンジの香りの紅茶を持っていくか。。)