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これで通算4人目だ。
ジークは心の中で呟いた。
どうやら貴族令嬢社交マニュアルには、まず天候そして庭、それから先週の劇場の出し物についてコメントすることが義務となっているらしい。だれだ。誰がマニュアル作った。そして全員同じ講師についているのか。
全く同じ内容の会話を4人連続で話しをし、もうどの令嬢がどの令嬢でもどうでもよくなってきていた。本当にうんざりする。目の前で教えられた通りであろう会話を一生懸命に展開する令嬢に、なんとなく憐憫の情さえ覚えてくる。
次に何を言うのか、このコメントにどう対応してくるのか、そして去り際になんと言ってくるのか。何もかも予想できる。そしてどの令嬢も全く同じ反応で、5人目の令嬢など会わなくてもこちらで全ての会話が完了するくらいだ。2人目以降からはもう心が石になったままで、それでも完璧な笑顔と完璧な会話運びで義務を終えた。幾人かの令嬢は、演じられた王子に恋に落ちたであろう。巷のロマンス小説さながらの美しい王子は、完璧な王子の皮をかぶる訓練がされている。
「殿下!もう露骨っすよ。やる気あるふりくらいはしてくださいよ。さっきのは宰相の御令嬢でしょう。あんまり邪険にすると国家の問題になりかねませんよ。」
ゲラゲラと下品に笑う黒髪の男は、乳兄弟のルイスだ。
「うるさい。どうせ気づいちゃいないよ。」
肩まできっちりと揃えた、芸術品のような金髪をぐしゃぐしゃとかき上げてやる気のない返事をよこす。心からの不愉快だが、ルイスは意に介さない。
「しっかし、こうも同じ会話で同じようなドレスで同じ金髪にキラキラの青い目だと、誰が誰だったか俺でも分からねえ。誰でもいいんじゃないのか?もう劇場ではコーマリーアの追悼の演目は終わるらしいから、来週はもうちょっとマシになりますよ。」
大きなため息ののち、冷え切った紅茶を煽って深いため息をつく。
深いため息と共に、皇子の正装である金モールのついた青いジャケットの金ボタンを乱暴に外す。重いボタンが一つ一つ重量を持って最高級の青い布地から離れていく。
非公式のお茶会とはいえ、相手はみなこの王国の有力者令嬢ばかりだ。王子といえど、正装を求められる。
心底嫌そうな顔をルイスに向ける。ルイスは面白くて仕方がないらしい。
「それにしてもこうも没個性だと、顔と名前を一致させるのも一苦労っすね。なんですか、最近の流行りのつけボクロまで同じだと、どうにもこうにもドレスの色くらいですかね、見分けがつけられるの。」
「そのドレスの色ですら、同じにされたら全くもうお手上げだ」
深い、そして不快に満ちたため息をつく。
「来週の伯爵家のデビュタントですか?」
「ああ、有力貴族の令嬢がまたごっそりデビューするらしい。いちいち俺が相手するらしいが、全員真っ白なドレスだろう、見分けなんてつくわけないだろう。本当に頭が痛い。ああ、美醜はともかく、俺は個人が判別できる相手とゆっくり楽しい時を過ごしたいよ。。。」
王子の心からのため息に、ルイスは少し同情してしまう。
第二王子とはいえ継承権は高い。23歳の美丈夫は華やかな噂に不自由はしてはいない。3年前に政略で決められていた婚約者の他国の姫君が儚くなってより、その隣の席をと自分を売り込むご令嬢に、その親に、文字通り囲まれて、狙われて、毎日毎日出席が義務となっているお茶会ばかりの毎日に、もう心から辟易しているのだ。
「さっさと誰か一人に決めてしまえば良いんですよ。流石に平民とのロマンスは困りますが、よほどで無ければ陛下も自由になさって良いと仰せではないですか」
何せ昨年、第二王子と同腹の、仲の良い第一王子が結婚し、王はその王冠を第一王子に譲った。王妃は第一子を妊娠中だ。
第二王子の結婚は、政治的にはある程度、自由となった。そこに目をつけた国内の有力貴族という貴族が、この麗しい第二王子に群がってきているのだ。
面倒くさそうにルイスはしなやかな足をテーブルに投げ出す。やや長すぎる鍛え抜かれた足は、上質の皮の鞭を思わせる。
令嬢が手をつけなかった宝石のように美しいマカロンを口に乱暴に放り込んで大きな欠伸をした。
「お前はそういうが、どの令嬢も印を押したように同じだ。全く同じ物から微小な違いを見つけてそれを愛して運命を共にしろと、さもなくば適当に見繕った相手をあてがうからと言われてみろ、本当に俺はただの人形にでもなった気分だ」
真昼の空のような美しい水色の瞳をギュッと曇らせて、伯爵家の夜会の参加者リストをぼんやり思い出す。あー本当につまらない毎日だ。王子になどなるものでは無い。