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王宮内の魔術研究室は、離れの塔の奥にある。
何らかの事故があっても王宮内に被害が及ばないように、それまでは王宮の別館にあった研究室を数代前の王と筆頭魔道士で移動を決めてから、ずっと塔の中にあると、道すがらにゾイドは説明した。
実際時々魔術の爆発事故があるし、扱う薬品の種類によってや、強い呪いの解呪などの際は、人払いが必要となるので孤立した塔は非常に研究に適した場所である。
また、塔自体も貴重な、魔力に耐久性の高い石材で完成されていて、魔術に特化した歴史的な建築としての価値も高いらしい。
道すがら、と言っても、ゾイドは乱暴にもレイチェルの腰を抱いて、ジーン子爵家の庭から、王宮の魔術研究室のある塔の前まで転移魔法で、一瞬で飛んできたのだ。
「子爵には後で遣いをだす。マーサとか言ったか、お前の主を借りてゆく」
レイチェルのネックレスの石の反応を見た瞬間、ゾイドは術式を展開し、マーサにそう言い残すと、転移陣をはり、次に気がついたら、そこは王宮の細い塔の前。
レイチェルは転移魔法を経験するのは初めてで、到着してすぐ目を回して腰を抜かしてしまった。
ゾイドはレイチェルを抱き抱えたまま、細い塔の急な高配の階段を上り、真っ直ぐに進む。
びっくりしたやら恥ずかしいやら、それから魔力の渦に巻き込まれて何が起こっているのか皆目検討もつかず、レイチェルはゾイドにされるがままになっていた。
「驚かせてすまない。すぐに私の研究室まできてほしい。説明は後で。」
有無を言わさないやり方は、夜会の時と同じだ。何か面白い物を見つけたのだこの人!
(と、なると、協力しないっていう選択はない感じよね。)
レイチェルはゾイドに横抱きにされたまま、ぼんやり考えた。
今頃ジーン子爵の屋敷は大混乱だろう。またお父様の髪の毛が寂しくなっちゃうわね。。
暗い廊下を渡り、ゾイドは一番突き当たりの部屋の重いマホガニーの扉を開ける。
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蝶番がギリギリと不快な音を立てて扉は開いた。
あまり手入れがよくないのだろう。
中に入ると広い部屋には数人の魔道士と思われるローブを纏った人間が、何人かが中央の一枚板の磨き込まれた大きな机を囲んで魔術の展開をいくつか出している最中だった。
中二階にはおびただしい蔵書。
その中の一人が、ゾイドに気がついて声をかける。
「ゾイド様、お帰りなさい。。。というかその、ご令嬢は?」
ぴょこっと幼いと言っても過言ではない、若い魔術師が頭を出して声をかける。ぐしゃぐしゃの金髪が可愛い、人懐っこそうな女の子だ。
年齢は12歳くらいほどだろうか。その金色の髪と空色の瞳は、第二王子を思わせる。
「ジジ、話は後だ。この令嬢は私の婚約者、ジーン嬢。しばらく部屋に籠るが邪魔立てするな」
(この人絶対!に!誤解!するじゃないもうー!)
どう見ても白昼堂々と勤務時間に恋人を自室に連れ込んでいる不埒な男にしか見えないのだが、ゾイドの関心を寄せる所ではないのであろう。
呆気に取られているローブの衆人環視の中、ゾイドは一瞥もせず最奥の部屋の鍵を開ける。
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ゾイドの研究室はレイチェルの部屋くらいの大きさだろうか。
高い天井と、素晴らしい木製の家具が、こん部屋が王宮の一部であり、歴史である事を示してはいるが、研究者の部屋らしく、雑然と色々な書類や魔道具の数々がおかれており、そのひとつひとつは大変興味深いものだった。重いベルベットの美麗なカーテンにはいくつもの焦げがあり、この研究室でなんの研究がなされているのか、穏やかなものばかりではないのは明らかだ。
「レイチェル嬢、どうぞ掛けてください。」
部屋のソファにうず高く積まれた本をゾイドは床に下ろして、レイチェルに勧める。本棚にはうっすらホコリが溜まっている。床は足の踏み場もないくらい書類や本類が散乱しているし、全体的に埃っぽい。この部屋に客を入れたりはしないのだろう。
レイチェルはようやく自分を落ち着かせて上がった息を整える。キッとゾイドを見て言う。
「ゾイド様。そろそろ説明して。」
(この人、ちゃんと聞かないととんでもない事にすぐ人をまきこむんだから。。!)
ゾイドは机の引き出しから銅の分度器やら何かの鱗やらを取り出して、机に並べて、ようやく赤い瞳にレイチェルを映して言った。