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「と、言うことだったのよ」
久しぶりにマーサと一緒に、レイチェルは自身の小さな部屋でオレンジの香りの紅茶をたのしむ。
王都を騒がせた婚約劇から2ヶ月、怒涛の毎日でゆっくりマーサと話をする時間もなかったのだ。
「そんな美しいお庭に、王子様と婚約者様とお茶なんて!お嬢様、どんなお菓子でした?もっとお聞かせくださいな」
マーサはレイチェルよりも夢みがちの乙女だ。興味深々でうっとりと王宮の様子を聞いてくる。
次の休みは家に帰って、弟妹に己の主人が見てきた王宮の様子を聞かせてやるのだ。弟妹達にとっては、どんなお伽話よりも喜ぶ土産話になるだろう。
「次があればマーサも一緒に来ていいか聞いてみるわ!お庭に伺うサロンの絨毯の深さときたら、あまりにふわふわで思わず転んでしまいそうだったわ!」
二人できゃらきゃら笑いながら、非常に硬いレイチェルの部屋の絨毯を踏んでみる。
久しぶりの平和な午後。
美貌の婚約者は、今日は会議だそうな。
第二王子との面談から、ゾイドは随分変わった。
いつも通り仕事終わりにはレイチェルを訪ねてくるが、急に甘さが増したと言うか、今まであった壁のような物が無くなったと言うか、触れたがるというか。
なんとなく気に入ったおもちゃを見るような眼差しでレイチェルを見ていたその眼差しに、優しいものが混じってきた気がする。
全く表情の見えないその顔のまま、お茶会の最中に脈絡なく手を繋いできたり、花やお菓子といった手土産だけでなく、研究所で実験がてらゾイドが編成したという美しい鉱物の結晶を持ってきたり、南国の美しい魔力を持つという鳥の羽だの、歴史的に高名な魔術師が持っていたらしい簡単な仕掛けでできた錆びたおもちゃ、術式の印刷がある砂漠の国の古い切手だの持ってきたり。
マーサは苦笑しながらそれらをレイチェルの宝箱に仕舞い込む。
「ゾイド様は小さな男の子の宝物みたいなものばかりお嬢様にお持ちになりますね。」
言ってしまえばガラクタばかりなのだが、レイチェルはゾイドのここの所の変化が気恥ずかしく、それから嬉しいものだった。
「やっとゾイド様っていう方が少しわかってきた気がするの。あの方は、物凄くご自分に正直でいらっしゃるのよ。」
(ちょっと周りが見えないくらいにね。。あの表情の見えないお顔で特しているわ)
冷たい印象の無表情の顔立ち、高い魔力と相まって赤い氷と評されるゾイドだが、その内側はひたすら魔術を真摯に研究する一級の学者だ。その情熱をぽつぽつと語り出してくれたゾイドの事を、レイチェルはすっかり好ましく思うようになったのだ。
(会いたいな。。)
ゾイドが持ってきてくれた、流行りの焼き菓子を頬張る。ゾイドの美しい顔を思い出す。
赤い瞳を想う。