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レイチェル・ジーンは踊らない  作者: Moonshine
チ・ブラ・マテソ

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「テオ、それが君の願いであれば、願いは叶う。」


ギーは、テオの方を見て、優雅にそう言った。


「レイチェル、それが君の願いであれば、その願いも叶う。」


レイチェルに向かって、今度はそうも言った。


「思いの強い方の願いが叶うよ。君たちは、少し話あう必要があるようだね。」


ギーは、優しそうな瞳を二人に向け、懐かしそうに、遠い目をする。


色とりどりの、朽ちることのない花々が咲き乱れた庭園は、ただ、静かに小鳥の泣き声が響き渡る。


ふと、銀の蝶が、ギーのカップをつまんだ指に留まった。

ギーは、蝶をそっと撫でると、


「そうやって、あの娘は下界に去った。あの娘の母も、あの娘に恋する男の強い思いも、全てを退けてね。」


そう懐かしそうに呟いた。


「リンジー様に、恋をしたお方がおいでだったのね。。」


レイチェルは、思わず声にした。


レイチェルは、ギーのことも、リンジーのことも何も、よく知らない。

竜人の国では、何もかもが輝かしく、レイチェルはただ、完璧な人々の住う夢の国、とだけ、そう思っていたのだ。


だが、生きとし生きるものの全ての業は、この夢の国にも、どうやら確実に、存在するらしい。

レイチェルの眼裏を、リンジーの産んだという、リンデンバーグ初代の堂々たる絵姿が、かすめる。


「ギー。」


テオは、何かを言わんと、口を開こうとした。


「少し二人で話しなさい。」


ギーは、何かを察したのだろう。テオを遮ってそう言って、その長い髪を翻して立ち上がると、音もなく光となって、その場から消えていった。


「ギー様!ちょっと、行かないで!」


残されたのは、とても真剣な瞳をした、竜人の血を持つ男と、絶望したレイチェルの、ただ二人。



//////////////////////////////////////


「。。テオ様。。」


庭園に、たった二人で残されたレイチェルは、テオに何と言っていいのか、わからない。


「君が混乱しているのはよくわかるよ。僕もだ。」


案外冷静にも、テオは確信的に、そうレイチェルに言った。


テオは、この国に来てから変わった。

いや、これが本来のテオの姿なのだろう。

非常に知能が高く、決してテオを傷つけることのない優しい竜人に囲まれて、テオは落ち着いて、あるべき姿に戻っている。

テオは、下界に住むには心が繊細すぎ、知性が高すぎ、そして美しすぎたのだ。

ここに住む誰もが、テオと同じほどの知性をもち、そしてテオほどに美しい。

ここは、テオにとっての理想郷だ。


「。。テオ様、あなたはそもそも女嫌いでしょう。それに私はあなたのお兄様の婚約者よ。きっと、少し混乱しているのよ、あなた。」


レイチェルは、震える針を止める事なく、刺繍を続けながら、無理やり作った笑顔で話す。


「きっと、ここで綺麗な女性に慣れてきたから、どう私に対する感情を処理していいのか混乱しているのよ。私もテオ様のことは好きだけれど、テオ様の考えているような感情ではないのよ。」


「。。テオ様、人の感情って難しいわね、でも、異性に対する好意は、時には親愛の意味だったりするのよ。ほら、兄と、妹のようにね。」


レイチェルはほとんどテオに、諭すように言い聞かせる。

テオが口にした感情は、義理の兄と妹としての、親愛の情だ。それ以外であってはいけない。決して。


(ゾイド様。。)


「。。。レイチェル、確かに私はどんな女性にも、親愛の感情を抱いたことがない。」


テオは、ゾイドを思わせる、冷たい氷のような瞳で、レイチェルを見つめた。

ヒュウ、とレイチェルの喉から音がする。


「だが、みくびらないで欲しい。私は君が考えているほど子供でもないし、ウブでもないよ。」


「。。。」


レイチェルは返す言葉もない。


そもそもテオはレイチェルよりも年上だ。

あの非常に厄介な性格と、どぎついメガネと前髪で顔を隠していても、北の大国では、辺境伯の長女がテオに懸想したとか、ルイスの妹からの手紙が絶えないとか、テオはそう、引きこもりのレイチェルなどより、余程社会に揉まれた、立派な貴公子だ。


「私は君に笑っていてほしいし、笑っている君を見ている事が、私の何より幸せだ。この感情が、男女間で発生する感情の種類である事は認識している。」


テオは研究者らしい、冷静な口調で続ける。


「君となら、何をしていても最高に幸せだし、何もしていなくても幸せだ。触れると熱くなる。夢にも君は現れる。君が視界に映ると、動悸がする。この全て症状が、仮説に当てはまる。」


研究者らしい方法で、テオは自身にわき起こる感情に折り合いをつけていたらしい。

氷のような瞳を和らげると、テオは、不思議そうに、


「。。なぜ君は、君を傷つけてばかりの兄上に、そんなによくするんだ?」


テオはレイチェルの手元の刺繍の大作に目を落とす。


「それも、君は兄上に縫っているんだろう?」


なぜか、テオは悲しそうな目を真っ直ぐレイチェルに向けた。


デビュタントからずっと、ゾイドはレイチェルを振り回し続けて来た事は事実だ。

砂漠も、フォートリーも、そもそも神殿での出来事も、元を正せば全てゾイドのせいだ。


ゾイドの為に、要らぬ苦労をさせられて、社交界でも酷いスキャンダルの真ん中に置かれたことも事実だ。


いまだにゾイドからは、蝙蝠石とメリルの鉢植え以外は何も、与えられていないことも事実だ。


テオは事実を一つ一つ、レイチェルに羅列して、客観的な事実に基づいて、ゾイドとレイチェルの間にある問題を、煮詰めてゆく。テオは、その繊細な心で、ずっと、ずっと考えていたらしい。


「君は兄上だけではない。面倒事ばかりの私にだって、リウや、王宮の皆に、優しい。だというのに、君は何も求めない。裏でいろいろ言われているのは知っているのだろう?残念だとか、地味だとか、身分が低いのに、兄上にうまく取り入っただの。」


「君が心を痛めている事を、私は知っているよ。兄上の冷たさも、身勝手さも、私は知っている。君はなぜ傷ついても傷ついても、そんなにも優しいんだ?」


「私は、君を傷つける全ての物から、君を遠ざけたい。それが、愛を盾に君を傷つける、わが兄からでも。」


テオは、レイチェルをグッと抱き締めると、小さく叫んだ。


「レイチェル、私と一緒になろう。永遠にここで私と暮らしてほしい。私は、君を決して傷つけない。」



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