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宝物殿を囲む、煌々ときらめく光りは、間違いない。竜の魔力が発動したものだ。
ウィルヘルムは、魔馬の背から降りると、宝物殿の外壁にゆらりと立ち登る影に、声をかける。
「。。息子よ。レイチェル嬢に逃げられたのか。」
虎の魔獣にまたがったゾイドは、月の青い光の下で、赤い瞳を爛々と輝かせ、まるで闇夜からの遣いのごとくだ。
銀の髪は月光を受けて妖しく光り、黒いマントは風を受けて、翻る。銀の彫刻の如き、美貌の男。
(我が息子ながら、なんと美しい。。。)
父でありながら、思わず息子の美貌に言葉が奪われそうになったが、かろうじてウィルヘルムは、言葉を続ける。
「。。その様子だと、お前は置いていかれたと言うわけだな。招待が無ければ、彼の国には近づけんと言う。」
なんらかの方法で、竜の羽の、出力に成功した事に間違いない。
そしてその術者と、選ばれた者を、竜の羽は彼の国に連れて行ったのだ。
ゾイドは選ばれなかった。ただそれだけだ。
怒り、とも悲しみ、ともつかない、赤い瞳のままでゾイドは呟く。
「。。。まさか、置いてゆかれるとは。。」
白い象牙の様なゾイドのその美貌には、血の気が通っていない。
「お前はいつも、肝心な所で要領が悪い。。。いつも言うが、詰めが甘い。」
ゾイドは返す言葉もない。
「セリーヌには魔女の血が入っている。お前の婚約者をテオの女だと思い込んでいるのには、何か魔女の血の先見の目の能力が感じる、訳があるのだろう。最も、リンデンバーグ家としては、あの娘がどちらの息子の妻となっても、差し支えはないがな。」
ニヤリと意地の悪い笑みを浮かべた。
ゾイドは、背後の森に、いるはずのない気配を感じた。
「ジーク殿下。」
いつの間にかゾイドの背後に立っていたのは、ジークと、ローランドだ。
ジークの水色の瞳は、冷たく暗く、ゾイドを見ていた。
「ゾイド。。。竜の羽を、発動させたのは、レイチェル嬢だな。。。なんと愚かなことを。そこまでテオが竜人の国に固執するのは、なぜだ?そして、なぜお前は、レイチェル嬢を愛しているなら、安寧の時を、約束してやらない。」
ジークの瞳は、深い悲しみを湛えていた。
ジークはようやく、レイチェルを静かな場所に送ってやれると、思っていたのだ。ジークは己がレイチェルを巻き込んでしまった運命の渦の中から、この心優しい娘を、すっぽりと救い出して、小さなルーズベルトの聖地の奥で、一生何も心を煩わせることなく、過ごさせてやろうと思っていたのだ。
だというのに。
一番レイチェルの幸せを願うべくこの男は、さらなる運命の渦に、この心優しい乙女を突き落とした。
ジークには理解ができない。
この男にとって、魔術への探究心は、レイチェルの安寧よりも優先するべきことなのか。
赤い瞳をゆらりと揺るがせて、ゾイドは言葉を紡いだ。
「。。テオは、苦しんできました。テオがテオのままで生きることが、ただそのままでいることが。レイチェルは、祈りを捧げたのです。」
ゾイドは、感情の読めない顔を、苦悶するジークに向ける。
「竜人の国には、苦しみが無い、という意味の古語で名付けられた名があります。伝説によると、そこには、ただ、平和に竜と、見目麗しい竜人が、それぞれ穏やかに過ごし、争いもなく、飢餓もなく、穏やかに暮らしているという理想郷だとか。年をとることも、死ぬことも、ない。心の美しく、純粋な、罪のない者ばかりが住うといいます。」
「。。理想郷の、伝説ですね。。」
控えめに、ローランドは言葉を発した。
「テオは、もうこの生きにくい世の中に疲れていたのです。悲しんでいたのです。テオが、ただテオでいることは、許されないこの世の中に。」
ゾイドは、感情の見えない顔のまま、続ける。
「。。苦しみのない竜人の国への憧れは、苦しみ続けるテオの中で大きくなるばかりでした。そこまで憧憬するなら、そこまで願うなら、一度、成功しても、失敗しても、最後まで手を尽くしてやりたいと、そう願いました。そして、レイチェルは、その美しい心で、テオの心の側に寄り添うことを、選びました。」
テオの苦しみは、ゾイドやジークに理解できる種類の物ではない。
だが、ゾイドは、たった一人の兄として、ずっとテオの苦しみに寄り添っていた。
そして、ゾイドは知っていた。テオの苦しみを最も理解できるのは、己の最も愛おしい、残念令嬢という二つ名を持つ、テオと同じ苦しみを生きてきた、その娘である事を。
「。。なるほど、レイチェル嬢は、テオの為に祈った、という事か。それが、直接の発動理由だな。」
ジークは目を伏せる。
「。。。祈り、ですか。」
「あの布は、竜人の羽と呼ばれているだろう?王家の記録では、竜人の羽、という名のほかに、祈りの結晶という二つ名がある。誰かの、何らかの強い祈りが、封じ込められているとか。」
「竜の魔力を通じて、太古の祈りを、レイチェル嬢は解放してやった、という事か。それが発動の起爆剤だ。」




