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レイチェル・ジーンは踊らない  作者: Moonshine
白鳥城

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リンデンバーグにやってくるに当たって、テオから作業してほしいと依頼されていたのは、この城の宝物庫にある、とある刺繍の再現だ。


リンデンバーグ家の始祖から伝わるという刺繍だ。


伝説によると、何かの禁を犯して竜人の国を追われた先祖が、罪が許されて国に戻ることができる日の為、大切に保管していたという逸話があるそうな。

大きな布に施された刺繍だという。


もうほとんどが朽ち果てて、色も変化してしまっているが、まだ当時の鮮やかさと、そして魔力の残香が走る、このリンデンバーグ家の家宝だ。


「レレレレイチェルになら、ふ、復元できる。これは、魔法陣だ。は、発動すれば、りゅりゅりゅ竜人の国に、転移する。」


大変消耗した夫人とのお茶会後、レイチェルは、寛ぐ時間もなく、今度はこの困ったテオの訪問を受けていたのだ。


「おいテオ、レイチェルは疲れている。いい加減にしないか。」


と先客のゾイドは口先だけは厳しめにテオを叱るが、ゾイドも興味がある様子で、チラチラとレイチェルの方を伺って、テオを部屋から追い出す様子はない。


ちなみにゾイドは、昨日からご機嫌を損ねたレイチェルに、どうにか機嫌を直して貰おうと、山ほどレイチェルの好きなお菓子だの花だのを手に、迷惑にも勝手にレイチェルの部屋に押し掛けてきているので、どの口が言うのかと言う話だ。


(二人とも、ちっとも我慢できないのね、私、本当に疲れたのだけれど。。)


レイチェルはまだ部屋着にも着替えられないまま苦笑いだ。


テオは、どうしても、リンデンバーグに到着したら、レイチェルに直ぐに見せたかったらしいが、晩餐だのお茶会だので、夫人にレイチェルを横取りされていたので、今日はずっと温室の前で、今か今かと、レイチェルの出待ちをしていて、家令に追い払われてしまっていたのだ。


それを見た夫人が、


「あらー、テオ王子様が外で待ってるわよ、レイチェルちゃん。うふ。愛されてるわね。」


と勘違いに拍車をかける結果になってしまったのは、誰のせいだろう。


テオは本当に、本当にもう一刻も待てなかったらしい。

お茶会後、自室に戻るレイチェルを追っかけて、山のように始祖の刺繍に関連の古文書だの資料を持ち込んできて、あろうことか、レイチェルの美しい部屋の床に、一気にぶちまけたのだ。


「ちょっと!テオ様!何なさるの!」


「み、見てくれ、いいから、」


せっかくの真っ白な絨毯に複雑に織り込まれた花々の上に、カビ臭い、古い本の数々を散らかされ、セリーヌ夫人が目撃したら卒倒しそうなもの。

古代語で書かれた一級品の資料は、そもそも解読するには高度な知識がいる。

普通のご令嬢には、一行も理解できないものばかりだ。

乙女のロマンチック全開な絨毯を、様々な古代の紋で埋め尽くされた古い紙の広がる海に変えられ、恐らく、レイチェルが普通の娘であれば、泣きだしてしまうほどのテオの振る舞いは無礼だ。


。。。だがレイチェルは普通の娘ではない。

手芸と魔術が三度の食事より好きな、残念令嬢だ。


ハラハラと床に散らばった古代語の紋の海に突き落とされて、レイチェルの目の色が変わる。


(あの目・・)


レイチェルの目が、あの目になった時は、誰も止められない。

ゾイドは、不謹慎にもワクワクしながら、レイチェルの言葉を待つ。


「テオ様、これは。。。私見たことのない紋様ですわ。。それに、この資料の刺し方、実物を見ないと分からないですけど、絶対に東の国でしかしない刺し方ですわよ。という事は、魔力の入れ方が変わってきますわ。」


「レレレレイチェル!流石だ、こここれは竜紋で、あ、明日には実物を、み、見てもらいたいが、刺し方で、魔力の入れ方が、かかかわるのか、す、素晴らしい!!!」


テオは、嬉しくて嬉しくて、これまた可愛いらしい天使で一杯の天井画のある、空の方に向かって絶叫する。天使もいい迷惑だ。


「。。レイチェル、この紋様は何度も再現されてきたが、発動にずっと失敗してきたんだ。発動が、刺繍である意味があったのであれば、伝説は史実に基づいていた可能性が高くなる。」


テオの大変残念な振る舞いを、しっかりと叱るべき、当家嫡男兼、レイチェルの婚約者の目が、完全に座る。

レイチェルのご機嫌窺いに山ほど持ってきた、お菓子だのなんだのに、もう一瞥もしない。

この恋にとち狂っている男も、なんだかんだでやはり、重度の魔術狂いだ。婚約者のご機嫌取りより、世間体より、やはり魔術なのだ。

それが、今まで解読の糸口すら掴めなかった魔術に関する解明の、突破口が突きつけられたのだ。美しい赤い瞳の奥の瞳孔が、完全に開ききっている。


ちょっとおかしな温度の情熱を孕んだ赤と金の目で見据えられて、レイチェルは少したじろいだが、


「良くって、お二人とも、私の手元を見ていて下さいませね。」


レイチェルはちょいちょい、と二人の目の前で複雑な紋を、東の国の刺し方と、アストリアの刺し方で見せてやる。


「なななるほど、魔力の向きがかわる。。」


正直言って、ゾイドも同じように、テオはまるきり手芸に興味など無い。高位貴族の成人男性なら、普通の事だ。

手芸でも多少の魔力が発動することは知っているくらいで、針を握った事など一度もない。


(知らなかったこと。だ。。!!)


テオの研究者としての魂に火がつく。

と同時に、レイチェルの手芸魂と、そして、テオの魔術師としての本能にも、火がつく。



「ふふふ。」


「ハハハ。」


「クックックック。。」


ひとしきり三人は笑い合うと、テオは己の頬に流れる涙に、気がついてしまった。

この三人、同類だ。みんな一人だと思っていた、どうしようもない、魔術馬鹿の三人。


テオは、幸せだった。一人で見続けていた、突拍子もない夢。

誰にも理解されないほど難解な研究と、その向こうにしか見えない風景を、テオは一人で追いかけてきた。

たった一人の冒険だったはずだ。

だが今、敬愛する兄と、その婚約者が最大の理解者となり、夢の協力者となって、テオと一緒に、見果てぬ冒険に出るのだ。

三人とも、同じ情熱を持って、このリンデンバーグ家の伝説の解明に勤しむ、冒険仲間だ。


テオは、スッと、レイチェルに手を差し伸べた。淀みない、美しい言葉がテオの口から流れた。


「レイチェル、リンデンバーグ家にようこそ。君が家族になってくれて、私は本当に嬉しい。」


「うふふ、テオ様、末永くよろしくね。」


レイチェルはごく自然にその手を取り、ニコニコと握手を交わす。


ゾイドはそんな二人を愕然と眺めていた。


(。。テオが、自分から、女性に触れた。。。!!)


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