208
「母上。久しく。」
ゾイドが優雅に腰をおる。
「は、母上、た、たたただ今帰りました。」
「あらー、お帰りなさい、二人とも。」
。。間違いない。この貴公子二人が腰を折って丁寧に敬意を込めて挨拶を向けるこの貴婦人は、二人の母。リンデンバーグ魔法伯夫人、セリーヌ夫人その人である。
(つ、ついに。。)
レイチェルの背中に、緊張の汗が走る。
ゾイドの母だ。
王都の館で、肖像画を見たことがある。美しく、そして気性の穏やかなお方とだけ、知ってはいるが。
レイチェルは少し顔を上げて、夫人を観察してみた。
(すみれのような、お方だわ。。)
レイチェルは思わず見惚れてしまう。
ふわふわと、美しい巻き毛の、小柄な、可愛らしい女性だ。少女と言っても過言ではない、何処か浮世離れした清純な雰囲気の美女だ。館の肖像画は、ウィルヘルムとの婚礼の際の肖像画だと聞いているが、その肖像画と寸分変わらない美貌だ。この貴婦人にだけは、年月は経過しないかと思われる。
リボンとレースのたくさんついた、薄紫のフワフワした乙女の纏う様なドレスが、非常によく似合う。
胸元に見たことのない様な、美しいネコを抱えているが、気性が荒いらしく、ずっとレイチェルの方を見てはシャア!と威嚇してくる。
二人の成人した息子がいるとは思えない、可憐なすみれのような貴婦人だ。
(か、可愛い人だわ。。私より若く見えるかもしれない。。あ、あんな可愛らしいドレスを着こなせる自信私にはないわ。。)
レイチェルが脂汗をかいていると、夫人がゆっくりした口調で、ニコニコと、フー、フーと毛を逆立てるネコを撫でながら、レイチェルに向かって話しかけてきた。
「あなたがレイチェルちゃん?」
レイチェルは、震えそうになる声を抑えて、必死で淑女の礼とる。
「レ、レイチェルジーンと、申します。。魔法伯夫人におかれましては、ご機嫌麗しく。。」
「レイチェルちゃん、そう固くならないで!私の事はセリーヌと呼んで下さいな。」
レイチェルは、ホッとして、肩から力が抜けて、崩れてしまいそうになる。
(どうやら本当に、穏やかなお方の様子ね。。良かった。安心しても大丈夫そうね。。)
そう思って肩の力を抜いてしまったレイチェルに、とんでもない事をこのゆるふわご婦人は口にする。
「聞いているわよー。テオちゃんの恋人ね? テオちゃんは恥ずかしがりだからね、女の子を連れてくるなんて、お母様とても嬉しいわ!」
「ははは母上、ちち違う、」
テオは慌てて否定するが、一瞬にしてゾイドから、非常に強い氷の魔力が漏れでる。
ー場が凍り付くとはこのこと。
ピキピキと、床を凍らせながら、口調だけは落ち着いて、ゾイドは言った。
「。。母上、レイチェルは、私の妻となるお人です。テオは関係ありません。」
このゆるふわ美人は、ゾイドより漏れ出ている、大陸一とも称される、氷の魔力など意に介さない様子。
「ゾイドちゃんの婚約者?うふふ、嫌だわ、冗談ばかり。ダメよお母様をからかっちゃ!」
うふ、と完全に悪気のない、ふわふわとした少女の様な笑顔で、胸元の、シャー!と威嚇し続けるネコに、ねー、と相槌を求め、ギュッと抱きしめた。
「ゾイドちゃんは、ほら、いつも胸の大きくて、こう、腰のグッと締まった女の子達とばかり一緒じゃない?」
「。。。。。。。。」
ゾイドは、氷の魔道士である。氷の魔力に関しては、大陸でゾイドの右に出るものはない。
が、この隣の、地味な娘から、吹雪く氷の様な冷気に心底恐怖し、ウサギの様に震えるのは、なぜだろう。
ゾイドが慌てて何か言葉をレイチェルに紡ぐ前に、ゆるふわ美人は、使用人の一人に案内を促した。
「さあさあ、レイチェルちゃんをお部屋に案内して差し上げて。レイチェルちゃん、晩餐の際にでも、またゆっくり聞かせて頂戴。」




