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ジジは見事なハッタリで、警備を追い払う。
魔力過多で成長障害を期していたほどの公女の魔力なら、先ほどの祝福の威力も、多少は説明がつく。それでなくとも、この悪女は美貌に凄みがり、そして生まれながらの公女だ。人を従わせる事にかけては、生まれながらの物がある。
薔薇の木の家具で満ちた、愛らしいはずのその部屋の中はなんとも言えない雰囲気だ。
興奮と不安、そして混乱。
魔術を志すものなら皆が興奮する世紀の大発見と、その実態の危うさ。
レイチェルを除いての3人全ては、この状況の受け止め方を、知らない。
しばらくして、ジジが口を開いた。
「。。そうね、これは他言無用ね。。。この事が、お父様みたいな類の連中に知られてもしたら、メリルも、レイチェルもまた誘拐どころではすみそうにないわね。。」
ジジは、己の父の爛々と輝く目を思い出す。
あの男がこのことを知れば、次の日には国をあげておそらくレイチェルを担ぎ出して、何か大陸がひっくり返る様な仕掛けをしでかすだろう。
間違いない。あれはそういう男だ。賭け事が大好きなのだ。
「ああ。それでなくても、レイチェルは竜の母だ。竜を従わせることができる上、竜の魔力を利用できるとなると、大陸の勢力図が一変する。謎の聖女、という事になってはいるが、、、」
ゾイドも、ジジも、とどのつまりは施政者側の人間だ。
「見なかったことにしましょ!レイチェル、あんた絶対に横着して、もう2度とメリルの体毛なんかで刺繍するんじゃないわよ、本当に危ない子!」
カラカラと、ジジは無理やり明るく笑い、この世紀の大発見を、無かったことにしようとする。
魔術を志すものとしては絶対に無視はできない大発見だが、再び大戦が発生するやも知れない危険物質を、闇に葬り去る事ができるほどには、二人は大人なのだ。
そして、その可能性を、根源であるレイチェルに知らせないほどには、二人は良き友人で、良き婚約者だ。
レイチェルは、竜の知識はほぼ、ない。
アストリアの竜研究は非常に他国に遅れをとっており、またアストリアが竜の生息地でない事などの理由により、魔術研究所の書庫には、竜の研究書は、なかった。つまり学園に行っていないレイチェルは、関連の書籍を読んだ事がないのだ。
ジジと、ゾイドは大陸一の高等教育を受けている。
その二人がなかったことにしようというなら、レイチェルはなかった事で、特に問題はない。
「あはは、そうねジジ、どうせあと二回も脱皮したら、メリルの体毛は硬くなって刺繍なんてできないくらいになってしまうわ、分かった、ジジ、もう2度とメリルの体毛で刺繍をしないわ!」
さあこの話はお開きにしてしまおうかと、その時である。
「。。。。ままま待ってくれ。。」
いつの間にか大きなメガネをかけ直した、問題児が、ゆらり、と席から立ち上がった。
「ああああ兄上、それで、す、済ませる訳ですか。」
メガネの奥の金の瞳は、煌々と輝き、極度の興奮状態を暗示している。
「。。テオ、私は戦争には2度と行きたくない。」
「デデデですが!わ、私の人生をかけた、け、研究が!」
ゾイドは、表情の読めない、冷たい人形の様な顔をして、言った。
「。。テオ。わかるだろう。この事が公になれば、明日にも大陸を巻き込んだ戦争が始まる。お前には、幾多の無辜の命が犠牲になる事が、わからないのか。」
ジジは、目を伏せた。
先の大戦では、公国も無関係ではない。
中立の立場を守った公国ではあったが、先王側に、秘密裏に物資と情報の提供をしている。そして、実はバルト側にも武器を援助した。
中立国のその実態は、黒いものだ。ジジは、その全てを双肩に引き継ぐ。
「ですが!レイチェルならば、カカカカ鍵が!開くのです!!」
そして、テオは声の限り叫び、ガバリと、レイチェルの前に平伏した。
「レイチェル!!!ど、どうか、どうか私の夢を!叶えてくれ!」




