20
王宮から20分もゆっくりと愛馬を歩かせると、涼やかな風がそよぎだす。森が近い。
小さな森の中、すぐそこに魔法史資料館がある。
ローランドはこの資料館が好きだった。
古いステンドグラスが嵌め込んである窓、元は王族用の修道院だったものを改造して資料館としている事もあり、全ての作りが重厚で、厳めしい。
収蔵されてからいく十年も誰も触りすらしなかったであろう資料が高い天井まで埋め尽くす。歴史の長きを思わせる黴の匂いが鼻腔に心地いい。子供の頃から高い魔力を誇り、周囲の期待も高かったローランドにとって、ここは数少ない、何からも自由になれる小さな安らぎの場だった。
(そういえば)
ローランドは思い出す。
(一階の出窓でいつも本の山にモグラみたいに囲まれている人がいたな。。まさか、あれがジーン子爵令嬢?なわけないか。。)
木漏れ日が射し、風が通り、木々のざわめきを感じる。
資料館はすぐそこだ。
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レイチェルは何年も、大きな出窓に腰掛けて、山のように積んだ本に囲まれて、午後のほとんどの時間を何年もこうやって過ごしてきた。
光を背に、行儀悪く片足をついて本の世界に浸る。
この時間は至福の時間だ。
太古の知恵に触れ、異国の言葉で紡がれた思いに触れ、遠い国へ、過去の世界に思いをはせる。目を閉じると、遠い海の国の姫君の恋物語が、かの聖なる山に咲くという、朝露に濡れた不思議な力を持つ紫の小さな花が、砂漠の国の神の英雄譚が、手に届くように思い描かれる。想像の世界にたゆたう。
その名残を持ち帰って、図案化して、ドレスやアクセサリー、いろんな身の回りに手芸として落とし込む。レイチェルは愛する物語に囲まれて幸せだ。
魔術は、その美しい物語が図案化されたものなのだ。
その力そのものよりも。その物語が好きなのだ。
結果として発生した魔法の力は、レイチェルにとってはおまけなので、あれやこれや組み合わせて相殺したり増強したりして遊んでいるのだ。
今日もレイチェルはいつもの出窓に腰掛けて、神話の世界に、精霊の世界にたゆたう。
光が眩しい。風が通りすぎる葉の音が湧き立つ。
(雨が近いのかもね。。)