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レイチェル・ジーンは踊らない  作者: Moonshine
デビュタント
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(ここは芯を入れて浮くように東の文字をあしらいましょう。あ、襟口は雪のようなレースが良いわ。確かまだ花瓶敷用に編んだものがあったはずよ)


「お嬢様、またドレスを改造ですか?」


侍女のマーサは大きな目をパチパチさせて呆れて紅茶を持ってきたトレイを置く。

気の良いマーサはレイチェルとさほど歳が離れていない上、弟妹が多いので、レイチェルは可愛い妹の様に仕えている。ヘラルドは、変わり者の娘に良く仕えてくれるこの侍女に殊の外感謝しており、帰省のたびにたくさん弟妹達に絵本を持たせるのだ。


オレンジの香りが高いこの紅茶は、商家に嫁いだ姉から時々送られる、レイチェルのお気に入りだ。姉は大層妹を可愛がっていたので、今も婚家で何か妹の喜びそうなものがあれば、送ってよこす。


「マーサったら、改造だなんて。ちょっとだけ手を加えただけよ!」


布やレース、リボンやビーズでさながら玩具箱をひっくり返した様相の小さな部屋の中央には、もうあれやこれやと手を加えられて原型を成していないドレスと、そのドレスの裾に這いつくばって作業していた地味な娘が笑う。

この部屋の主で、このドレスをデビュタントで纏うはずの、一応子爵令嬢であるレイチェルである。


「お嬢様、改造は結構ですが、ライラ様のお茶ですよ。冷めないうちにどうぞ。」


レイチェルの奇行はもはや屋敷の使用人には慣れたもので、おおらかなジーン子爵の方針もあり、貴族の令嬢にはふさわしいとは言い難いこの行いをとがめる者はいない。

レイチェルはごぞごぞと裾から出てきて、ようやく椅子に腰掛けて、愛する姉の送った紅茶を手に取る。オレンジの香りは、朝日のような輝かしい姉の弾ける笑顔を思い出す。母に似た美しい姉は平民の、とても優しい出入りの貿易商に恋に落ちて、2年前に屋敷を出たのだ。今度のローラック伯爵の夜会には、姉夫婦も招待されている。この夜会がレイチェルのデビュタントになる。


「ありがとう、マーサ。」


ゆっくりと紅茶に手を伸ばす。美しい姉のかんばせが柔らかく脳裏に浮かぶ。


「マーサ、お姉さまのお加減はいかがかしら。もう3ヶ月もお会いしていないわ。」

「初めてのお子様をご懐妊ですからね。もうかなりお腹も大きくなっておられましたよ。つわりもすっかりよくなったとか。そうそう、レイチェル様がお作りになったお守りがよく効いたとか。」


レイチェルは王立図書館で見つけた、北の異国の安産の神の名前を象ったビーズのブレスレットを悪阻のひどい姉に送っていた。遠くに暮らす姉に、せめてもの心を込めて。


「お姉さまは本当に妹びいきね。私が作ったものなら、きっとなんだって効き目があるのよね。お姉さまのお友達にも作ってほしいとかおっしゃっていたけれど、私の作った物の効果があるのは、お姉さまとお父様くらいよ」


「お嬢様、そうおっしゃいますけれど、先だって私の母に作ってくださった腰痛用のクッション、あれは大分効いて今では起きられるようになりましたよ。お嬢様がお店を開いたら、子爵様よりもお金持ちになってしまいますよ。」


クスクスと冗談めかしてレイチェルのクッションの山から、オレンジの不思議な文様の小さなクッションを取り出す。同じ模様の小さなクッションを、侍女の腰痛の母に贈ったのは、二月も前だろうか。


「東の文様でね、神様のお力を通す力があるそうな。東の治療師は、この文様を思い浮かべながら、手を患者の痛む場所にかざしてお恵みを祈るのだとか。マーサのお母様に効果があってよかったわ!」


資料の少ない東国の文献を解読し、それを具現化して魔力を通し治療効果まで出すのは、高度な読解力と緻密な魔術の構築、そしてキルトにて物質化する、手芸のそこそこのスキルが必要とするのだが、そんなことは全く知らず、ただ己の侍女の母の腰痛にその英知のかぎりを尽くすのが、レイチェルという風変わりな娘だ。


レイチェルにはそもそも、まるで魔力がないのだ。魔力がなくても、その形状自体に力をもち発動する魔法陣や、紋、祝詞や呪文などを工夫して、しかも手芸にして、生活用品で使える様にしている。

レイチェルがまだ子供の時に、貴族の子弟の義務である神殿での魔力測定とやらに一応参加したのだが、何の属性にも何一つ反応せず、魔術に強い憧れのあったレイチェルは、一晩泣き伏したものだった。

ライラは少しだけ水の魔力があるらしく、魔力測定後に訓練して水を温めたりすることができる様になったので、それはそれはレイチェルは羨ましかった事を覚えている。


「お店も素敵だけど、私デビュタントのドレスを早く仕上げなくちゃ!いろいろ試してみたかった模様があるのよ!」


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