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子竜は空を何回か旋回し、成竜は、誘われるかのごとく、1匹、また1匹と旋回に加わった。そして全軍の竜が黒い旋回を見せた。
「。。。なんだと。。」
ユーセフは目が回る。
白い子竜はひらりとレイチェルの前に降りると、頭を下げて、羽を砂に埋める、竜の服従の仕草をした。
そして、その母竜であろう雌の成竜、そしてまた次、その次。レイチェルの前に、竜の全軍が服従の仕草を示したのだ。
「あら、可愛いのね。」
レイチェルには事の重大さが分かっていない。
竜が、レイチェルに従属したのだ。
この時点で、レイチェルが望めば、砂漠中の竜がレイチェルの命令にしたがって、砂漠の大国に攻め入る事も可能なのだ。
ユーセフには、兄弟としての友情を、ゾイドには、位の上のものとしての尊敬を見せていた竜だ。
だが、竜は、レイチェルに、従属したのだ。
竜の母として、レイチェルを認めたのだ。
母竜がレイチェルの前に歩み寄った。レイチェルには、何が言いたいのか分かったらしい。
「ああ、名前をつけて欲しいの?そうね、この子はメリルのように白くて美しいわ。メリル、と呼んで良いかしら?」
レイチェルがメリル、と名を呼ぶと、一斉に竜達は凄まじい咆哮をあげた。
そして白い子竜を先頭に、真っ直ぐに空のかなたに飛んで行った。赤い七連星の、ある方向だ。
「ああああああ!こら、絨毯返せ!貸してやっただけだ、これは私の!大切な!絨毯だ!!!!」
母竜が爪先にひっかけて飛んで行ったのは、レイチェルが織った絨毯。おそらく、野生の竜の卵の所に持っていくのだ。竜は非常に頭がいい。レイチェルの絨毯の上であれば、卵が、孵ると認識したのだ。おそらく砂漠中をこれからこの絨毯は旅するのだろう。
ジタバタ大暴れするゾイドをなんとか羽交い締めにして落ち着かせると、砂漠の民は、皆一斉に、レイチェルの前にひれ伏した。
ユーセフは、部下の前だと言うのに、流れる涙を隠さない。
ヤザーンはそのすぐ隣で、オイオイと、子供のように慟哭している。
「竜の母よ、砂漠の聖女よ。。。」
レイチェルは、またヨルの様子がおかしくなった、と慌てる。
「ちょ。。。ちょっと皆様、どうされたの、しっかりされて??」
ユーセフは言葉を続ける。
「レイチェル、いや、砂漠の聖女。心からの感謝を。」
ユーセフは理解したのだ。
この地味極まりない、心優しい娘こそ、砂漠を救うために、砂漠の神が遣わせた聖女であることを。
聖女の発生は謎に満ちている。いつの間にか現れて、奇跡を起こし、そしていつの間にか消えている。
「。。もう、ヨル、私そう言うの好きでないのは知ってるでしょう?それよりこの困ったお方どうにかしてくださらない?」
(。。この偉大なパシャは、聖女の下僕と言っていたな。。)
おそらく、その言葉通りなのだろう。パシャの砂漠の旅と言う事で、帯同しただけのレイチェル。
ゾイドは、レイチェルを呼び寄せるだけの、ただの人形だったのだ。
この偉大な、砂漠のケマル・パシャが、だ。
怒り狂っているゾイドに、また織ってあげますから、ちょっと貸してあげましょう、いい子でしょう?と、おもちゃを取られた駄々っ子をあやすように、レイチェルは諫めている。
砂漠の男達が一斉に、異国人の娘にひれ伏している事など、レイチェルにはどうでも良いのだ。
やがて急に雲行きが怪しくなった。
禍々しい黒い雲が砂漠に立ち上り、そして、天を割るような大きな雷がおち、そして。砂漠に大雨が降った。
「雨だ!!」
「雨が降ったぞ!!」
砂漠の男達は狂喜乱舞だ。
レイチェルとゾイドは天幕に走る。
魔術の使える男達は、何やら強い魔術であちこちに緊急連絡をとって、その乱れた大気に入り乱れる強力な砂漠の情報魔術で、混乱の極みだ。
「。。あれはレイチェルが、婚約の証に、私にくれたものなのに。。」
見れば、ゾイドが子供のように半泣きになっているではないか。
このどうしようもない男、砂漠の危機を回避した喜びの涙で濡れる砂漠で、勝手すぎる。
「ゾイド様ったら。。あとで返してもらったらよろしいではないですの。見てください、皆さんメリルが誕生して、雨が降って本当に喜んで。」
ブツブツとそれでも文句ばかり言う男をあやしながら、レイチェルはため息をつく。
砂漠の大雨は一晩中続いた。
ようやく雨がからりと止んだ、次の日の朝、レイチェルは信じられない光景をみる。
 




