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砂漠に出て四日目の朝。
ユーセフは、ゾイドと灌漑施設の魔法回路について議論を交わしていた頃だ。
ゾイドのやり方だと、回路の複雑化は避けられないが、魔力の消費量が三割は軽減される。
さすが、ケマル・パシャの名は、伊達ではない。非常に興味深い。
今朝は、レイチェルは、果敢にもヤザーンに手芸を教えている模様。
砂漠の男は針など握ったりはしないが、ヤザーンが自分で下穿きの痺れの強度を調節できるように、簡単な運針を教えているらしい。
ヤザーンは、宦官なので、一般的な「男」の括りからは自由な上、日によって痛み方が違う繊細な部分の、痺れの出力の調節が自分でできる事が非常に嬉しいらしい。
簡単な出力調整が可能になれば、毎日、快適に過ごせるのだ。多少の針仕事くらい、喜んで学ぶ。
そうしてレイチェルと仲良く、ニコニコと一緒に下穿きに刺繍を縫っているのだ。
魔術の教養も大変高い上、案外手先も器用なこの男、しっかりレイチェルから学べば、すぐに自分で下穿きの刺繍を縫う事も可能になるだろう。
そんな穏やかな朝だった。
「ユーセフ様!!!!!!!!!」
息せき切ってユーセフのテントに駆け込んできたのは、先日恋に破れた話を披露した、一般兵。
恋に実に勇敢なこの若者は、密かに、ケマル・パシャこと、婚約者の扱いが上手とはいえないお人、ゾイドの尊敬を受けている事は、しるよしも、ないだろう。
若いこの兵士は、膝をついて、頭を垂れて、言った。
「卵が、、、、、卵が、動いています!!!!!」
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ユーセフがたどり着いた事には、竜の巣には、次々と砂漠の兵士達が集まってきていた。
ヤザーンは、もうたどり着いて、砂漠の神に、それこそ狂った様に祈りを捧げている。
遅れて、レイチェルとゾイドがやってきた。
竜の卵は、明らかに、意志を持って動いている。
中の生命反応は、少しずつ強くなり、そして弾けようとしている。
「あ、もうすぐ生まれるわね!」
なんという事もない様に、のんびりとレイチェルは呟いた。
鳥のヒナが誕生するところを、この引きこもり令嬢はよく観察しているのだ。
レイチェルのその声を聞くと、ようやくユーセフは落ち着く。
(そう、これはなんという事もない、当たり前の事が起ころうとしているだけなのだ。)
異常気象が起こる前は、これが当たり前だっだのだ。
当たり前が、当たり前に戻るだけ。
皆が固唾を飲んで見守っていた。
心配そうに見守る母竜の前で、絨毯のに乗った卵には、小さく、少しずつヒビが入った。
それから半刻ほど立った頃だろうか。
卵はゆっくりと割れて、中から真っ白な、竜の子が、飛び出ててきた。
砂漠の異常気象が始まってより、実に10年ぶりに竜の子が誕生したのだ。
 




