16
(聞きたい事は、それこそ山のようにあるのですが!!!)
レイチェルはゾイドを迎えたはいいが、実は男性と二人きりでお茶をするのも初めてという残念具合である。
ガチャリ、と令嬢のマナーには相応しくないやり方で、紅茶のカップで音を立ててしまった。
もう何を飲んでいるのか味もしない。背中からはだらだらと、冷たい汗が流れてくる。
レイチェルは緊張も極度なのではあるが、流石に子爵令嬢として、残念令嬢ながらも厳しく叩き込まれた作法通り、天気の話をし、それから昨日の訪問の礼を延べ、そしてゾイドの反応をまつ。ゾイドは口を開かない。じっとレイチェルをみている。
この魔物のような美貌の男が目の前に、しかも自身をを熱烈に婚約者にと求めてきたのだ。
なんでだ。本当になんでだ。
レイチェルは心の中で絶叫するが、目の前の婚約者となったばかりの男の表情からは何一つ考えが読めない。男が口を開くのをじっとまつ。
赤いルビーのような瞳の奥には何やら熱が籠もっているのは感じられるが、色事に一切経験のないレイチェルでも、どうやらその熱が自身への恋情によるものではなく、何か、こう別の何かに対する熱情だと感じられた。
今度は音を立てないように茶器を捌きながら、そっと婚約者を観察する。そして、思い至る。
(え、なんか服見てない?)
/////////////////
(こんな面白い陣は初めてだ!!)
ゾイドは、ここ二桁年代ぶりに大いに喜んでいたのだ。
(この袖の紋、南の海洋国の呪いだ!こんなドレスを纏っていたら絶対海難事故にあうぞ!)
(髪飾りの紋はシト神の海難よけか。二つの術式を合わせて、わざわざ中和させてるのか、なんでこんな無駄に手間のかかることを!ご丁寧に火の術式まで囲い込んで、水の術式が強いから、発動ができないをいい事に、火の術式もこっそり組み込んでる。どこだ。)
席についてからずっと無言で術式の解析を初めてしまい、目の前の婚約者と一切言葉を交わしていない事にまだ気づいていない。
(見つけた!!!首筋のボタン全部だ!ボタンの刺繍が火の術式!ああこんな面白い事は初めてだ!)
「あの。。。ゾイド様?」
あまりに返事がないので、何度目かでレイチェルがかけた声でようやく我にかえる。
ああ、レイチェルとか言ったかな、この令嬢。どうやら俺は期せずして最高に面白い娘と婚約したらしい。
ゾクゾクする悦びに、震えそうだ。
初めてまっすぐレイチェルの顔を見る。雀斑の顔には化粧はあまり施していないらしい。大きな目が印象的だ。茶色い髪の娘だとしか記憶していなかったが、よく見るとそれなりに可憐で可愛らしい娘だ。
ようやくゾイドは口を開く。
「レイチェル嬢、あなたと婚約できて本当によかった」
今度こそ、嘘偽りのないゾイドの言葉だ。そして、赤い瞳を少し和らげ、口の端に笑みさえ浮かべた。
「で、レイチェル嬢。聞きたい事が山ほどあるのですが。」




