15
と、いうことで。
疲れ切った顔の子爵が、無理に笑顔を作って娘に告げる。
「今朝お前の婚約が決まったよ。」
かいつまんで今朝の出来事を娘に説明する。
あまりに現実味がなくてもう誰か別の社交界のニュースを読んでいる気持ちだ。
やっと昼近くになって起きてきたレイチェルは、どこか他人事のように娘の婚約を告げるヘラルドの言葉に、また卒倒しそうになる。
昨夜も明け方近くまで眠れなかったのだ。
「お父様、一体なぜゾイド様が私を?私なんかを?」
レイチェルはショックのあまり大絶叫する。
マーサがレイチェルの横をオロオロと右往左往する。
マーサもレイチェルが、ちょっと楽しい思い出を作ってきて、お菓子を食べながら色々話してくれる事を楽しみにしていたが、まさか王都の大物独身貴族との婚約を引っ提げて帰宅するなぞ、夢でも考えやしなかった。
何せ、レイチェルは地味な、風変わりな娘なのだ!
どこぞの貴公子を落として帰るようなタイプのご令嬢ではなく、そんなレイチェルをマーサは心から慕っているのだ。
「私の方が聞きたいよレイチェル、お前は一体壇上で何をしたんだい?」
「知らないわ!お作法通りに進み出て、お作法通りに薔薇を受け取っただけよ!ゾイド様とはお話しも一言もしていないわ!
/////////
と、いう事で。
婚約の翌日、実に夜会の翌々日の午後にゾイドは早速レイチェルに会いにきた。
王都は二人のロマンスで大騒ぎだそうだ。いくつかのタブロイドをアーロンがヘラルドに渡したが、レイチェルが読んだら卒倒して修道院に行きかねない内容だ。
あの大混乱の夜会の後、即婚約発表という流れで、
レイチェルはスキャンダルの不名誉から脱する事ができたが、今度は不落の大物独身貴族を一目で射止めた絶世の美女扱いとなっており。。。どちらにしても頭が痛い。全く社交の場に出てこない謎の令嬢(ただの引きこもり)と、期せずして、今王都で一番人々の興味を引く存在となってしまったのだ。
娘は今、訪問したゾイドを庭に迎えてお茶をもてなしている。
執務室の窓から外の二人の様子を見てみる。
レイチェルは相も変わらず妙な縫い取り飾りで埋め尽くされた地味なドレスをまとって、緊張の極みなのだろうか、ぎこちない動きでカップを手元に引き寄せている。かたやゾイドはまるっきり感情が読めない。王都一の話題の、婚約ホヤホヤのカップルにしては甘さも何も伝わってこない。
マーサが真っ白い顔をして控えているが、きっと彼女も朝から何も口にしていないはずだ。
(俺はもう知らんぞ。。。)
カーテンをひき、窓の様子はもう見えない。
ヘラルドはこの三日で一気に薄くなった頭髪に手をやって、本日何回めかのため息をつく。