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レイチェル・ジーンは踊らない  作者: Moonshine
砂漠からの風

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結局砂の大国の王都、ガートランドに到着したのは、アストリアを出立から三週間も経てからであった。


その間ゾイドが、レイチェルとまともに会話ができたのは、おそらく4、5回。しかもそのほとんどが業務連絡だった。


ガートランドは砂漠に浮き立つ幻影のごとくの美しさ、旅人達からは青い天国と呼ばれている、青と金のタイル作りの美しい王宮が有名だ。

ここに、砂漠の大国の偉大な王、ダリウス1世が君臨している。


返礼の使節団、挨拶の使者、和平の代表団、ダリウスの王宮には常時、20カ国ほどの周辺国からの客人でごった返す。

砂漠の大国だ。アストリア国の国力などは、この国の足元にも及ばないだろう。

レイチェルがキョロキョロとあたりを見渡していて、不思議な装束の他国の使節団や、壁一面の美しいタイルに目を奪われて、全く落ち着きがないのが、初々しい。


この規模の各国の客人達の順番待ちだ。

アストリア国の挨拶まで、しばらくはかかると推測される。


しばらくは一旦休憩だ。

ゾイドは連日の宴に疲れていたのだ。


レイチェルと、やっと、二人になれる。

ラクダにでも乗って、ここの名物だという織物でも買ってやろう。

使節団の男に、評判の良い宝飾店を聞いておいたのだ。二人で揃いの指輪でも仕立てようか。


そんな事をふんわり考えていたゾイドの一行が案内されたのは、ダーマルの間、と呼ばれる裕福な商人の家を模された王宮の一角の迎賓館だった。


青いタイルが壁一面にびっしりと飾られ、午後の光が透し彫りの木枠の窓を潜って、居間いっぱいに入ってくる。


高い天井には、鹿のような姿をしている、砂漠の神を讃える祈祷文。この神の姿は、城門にも掲げられてあった。


名物だという、香りの高い花の芯でできた茶が、一行を待っていた。


「。。ゾイド様、こことここ、それにここは盗聴用のです。」


うっとりと建物の優雅さと、茶の香りに心を任せていたら、早速のお知らせだ。

やれやれ。この報告はレイチェルからだ。


「真っ直ぐに何処かに会話の音がつながる仕組みになってますね。これ、応用できるじゃないですか。砂漠の術式は随分直角ですね!」


いや、勉強になります。

そう言ってレイチェルは手元の紙に、早速見つけた術式をどしどし書き付けてゆく。

壁のタイルと、そして窓のカーテン、そして窓の組み木細工の三箇所に術式が落とされていた。


砂漠の言語で組まれた術式なのに、レイチェルは、昔史料館で見たことがある術式だと言っていた。。

王立の魔法史史料館の品揃えは、なかなか伊達ではない。


この言語は難しくて縫い取りして利用する事はできなかった。

ここに滞在している間に、この国の文字と術式をちょっと勉強したい、と実に頼り甲斐がある部下は、鼻息を荒くする。


側近のご老体の一人が、つ、と魔力をその術式に走らせた。

青い光が走って行って、壁の術式を通り抜け、隣の建物の二階部分につながった。

あそこが、諜報部ということか。


ゾイドはこの有能な返礼の使節団に、嘆息しきりだ。

砂の大国については、情報が非常に少ない。この機会に色々と情報を集め、アストリアの国益にしたい。


すぐに対諜報用の魔法を壁一面に張り巡らせると、ギャ、と小さな声がして、そばを舞っていた、小さな黒い蝶が燃えた。


どうやらこの国は、一筋縄では行かないらしい。


////////////////////////////////////////////////


「パシャにおかれましては、ご機嫌麗しく。」


荷解きもまだ済まないうちに、ダリウス王の使いがやってきた。


「ガートランドご滞在の間、身の回りのお世話を仰せ使っております、私の事はヤザーンと、お呼びください。」


背の高い、白い衣装ガーランドの正装に身を包んだ男はそういった。

黒い真っ直ぐの髪、黒い瞳に琥珀色の肌は、この男が砂漠の出身である事を意味している。


「歓迎の宴の用意ができております。王はパシャの御到着を、首を長くしてお待ちでした。」


アストリアへの強い歓迎の意は、非常にありがたいが、またレイチェルとの時間が無くなってしまった事に、ゾイドは心でため息をつく。

感情のわかりにくい顔をむけ、丁寧に礼を述べる。


「。。。歓迎に心からの感謝を。衣装を整え、すぐに伺うと、偉大な砂漠の王に伝言を。」


ヤザーンは、慇懃に礼をすると、今度は訝し気にレイチェルに向き直り、いった。


「。。アストリアでは、未婚の女も、男と同じ建物で宿泊が許されているとは聞いていますが、この偉大なガートランドにおいて、そのような蛮行は許されておりません。御令嬢は、どうぞハーレムの横にある、女性用の居住区域にご移動ください。王宮に用事がある際は、ハーレム経由でお越しいただきます。」


「ヤザーン。彼女は私の部下で、古語の解読班に属する優秀な魔術士だ。仕事の指示を与えるのに、いちいちハーレムを経由していては、つまらぬ噂の元となる。」


「ほう、アストリアの男は、女に仕事をさせないといけないほど、人材にお困りの事とは、なんとも不便ですな。」


グフ、グフ、と嫌な笑い方をする男だった。


レイチェルは、ヤザーンとゾイドの間に生まれた不穏な空気をすぐに打ち消すかのごとく、すぐに間に入って、そういった。


「。。ヤザーン様、お言葉に従います。どうぞ女性の居住区にご案内下さい。」


ゾイドは何かを言いかけようとして、やめた。

つまらぬ諍いを起こす事は避けたい。レイチェルの判断は間違いではない。


「。。では、御令嬢は私がご案内を。」


レイチェルは一礼して、すぐにヤザーンの後を追う。


ゾイドのそばを通るときに、背伸びして、何か耳打ちをしようとした。

ゾイドは大きな体を傾けて、恋人の言葉を待つ。


正直、ゾイドは甘い言葉を期待していたのだ。

寂しいわ、愛してるわ、早く迎えに来て。


だが、レイチェルが耳打ちしたのは、一言だけ。優秀な部下としての、優秀な忠告。


「ゾイド様、絨毯にも全部、術式かかってます。」


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