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レイチェル・ジーンは踊らない  作者: Moonshine
婚約者
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娘の名前はレイチェル・ジーンというらしい。


正直言ってどんな顔だったかは良く覚えていないが、メリルの花の香りがして、確か茶色い髪の小柄な娘だった。王都の外れに屋敷を構えるジーン子爵の次女で、姉は平民のフェルナンデス商会の跡取りと結婚したらしい。何か良からぬことを企むにしては領地も家庭も安定しすぎているし、子爵家の力もささやかすぎる。とローランドは言っていたが。


「お前なあ!」


騒然とする会場の真ん中で、ジーン嬢に逃げられ、ぼうっと立っているゾイドを、ルイスは首根っこを掴んで会場から引きずり出して、第二王子の控え室である貴賓室にしょっ引いて乱暴にソファに放り投げた。


「おいどうするんだ、会場はカオスだし、どう後始末するつもりだ。哀れな令嬢は失神寸前に逃げ帰るし。デビュタントしたばかりの、初めて会った娘をいきなり捕まえて二曲も踊るとか、本当の何のつもりだ。女を寄せつけなさすぎて気でもおかしくなったか?」


実際レイチェルが逃げた後の会場は蜂の巣をつついたような大騒ぎだ。

今年一番のスキャンダルとして明日には王都中に広まるだろう。

何せゾイドはその美貌、その地位、その能力その美貌にも関わらず、魔術研究を何より優先するあまり、降るように来るあまたの縁談を全て断っており、振られた令嬢から恨みがましく「魔術と結婚した男」と揶揄されているのだ。

 

その前代未聞のロマンスのお相手が、今日デビュタントの地味な娘となれば、ルイスは明日からの社交界の格好の噂の餌食になる事請け合いの、ジーン嬢に心から同情する。


「あの娘、魅了の術式でも発動したのか?」


ジークは冷静に聞く。貴賓室の4人の中で、一番ゾイドの不可解な行動の理由の推測をしているのは流石だ。


「お前に効いたとしたらあの娘は相当の術師だ。我が王家の対魔法団に入れてやっても良いくらいだ。」


精神操縦の魔術は相当レベルの高い魔術師が、かなりの魔力と魔道具を介して出ないと発動しない。ゾイドクラスの魔道士を操る魔力の持ち主であれば、実際王家お抱えになっても全く不自然はない話だ。


しばらくの沈黙の後、ゾイドは冷静さを取り戻し、いつもの表情の読めない顔をジークに向けた。


「確かに何かの術式は組み込まれて、発動してはいましたが、どうもその回路が複雑で、今までに見たことがない物でした。魅了の術式も感じはしましたが、ささやかなもので、それを目的としたものではなく、しかし。」


「全部読み込みたくなって、我慢できなくなって、ついうっかり2曲踊ってしまったわけか。あのドレスに組み込まれていた術式だろう?相当近づいて見ないと縫い取りが読み取れないからな」


「ドレスの飾り縫いがあの妙な魔力の源であったのは間違いありません。」


涼しい顔をしている。


「おい、そんなしょうもない理由で、二曲も踊るアホがどこにいる!後でバルコニーにでも招待してドレスを見せてもらえばよかっただけの話だろう!ついうっかりで、あの令嬢の未来を潰したんだぞ、お前!」


ルイスはテーブルを叩き、ほとんど絶叫する。

この男には来年デビュタントを控えた、とても可愛がっている妹がいるのだ。こんな魔術バカどもの会話には、耐えられない。

夜会で2度連続で踊るのは、貴族社会においては、婚約発表という意味合いである。


一年で一番大規模な夜会で、デビューの瞬間に大々的に話題の男と婚約発表ときたら、この先おそらく哀れなジーン嬢にまともな嫁ぎ先を探す事は難しいだろう。


「確かに厄介な話だ。前代未聞のスキャンダルだな。」


「どうやらそのようですね。気の毒な事をしてしまいました」


相変わらず表情のない顔で、一応反省らしき言葉を口にする。


ジークはため息をつき、命令を下した。


「仕方がない、お前責任とって明日には子爵家に使いを出してあの令嬢と婚約してこい。一目惚れとか何とか言って、ついでにあの不可解な術式の事も探ってこい。ほとぼりが冷めた頃にお前が不能だとか泥をかぶって婚約破棄するしかないだろう。あとはオレがなんとか後始末してやる。」


部下の不始末は上司である自分の不始末だ。大きくジークはため息をつく。


ああ、厄介な事になったなとは思いながらも、あの謎かけのような不思議な術式と、そんな物騒なドレスをデビュタントに纏う変わり者の令嬢と、そして氷の美貌の、感情の読めない王国最高の魔道士という組み合わせに、なんだか面白い事になりそうな予感に少し口の端が上がる。



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