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レイチェル・ジーンは踊らない  作者: Moonshine
ゾイドの館

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リンデンバーグ伯爵領は北の国境に近い、黒い森の奥にある。


黒い魔馬を、王宮まで走らせているのはゾイドの父。リンデンバーグ家の当主、ウィルヘルム。

息子が、フォート・リーから帰ったと、ルードイッヒから伝令があったのだ。

例の娘を連れて。


黒い森は、昼も暗く、魔女達の聖域だ。

彼女達の機嫌を損ねたくなければ、魔馬で移動するのが、一番無難だ。

黒い髪を靡かせて、黒い魔馬で疾走するその領主の姿は悪魔の様相だと、魔女達は噂する。

魔馬で移動すれば、領地から王都の屋敷までは半日もかからない。


先触れも出さずに屋敷を訪れるのは、訳がある。


ゾイドは感情の薄い子だった。

生まれた時から、その魔力の高さを示す赤い目を持ち、長じてからも悪魔の様な美貌と、魔術の天才の名をほしいままにしていた。

この宝石の様な魔法伯家の長男は、まごうことなくアストリア国の宝だ。伯爵家の全ての力を持って国内最高の教育を与えた。そして、その全てにあり得ないほどの結果を叩きだしてきた。


蜜によってくる蜂の様にといえば聞こえは良いが、その美貌、才能、地位に魅了された、実際は屍肉に群がる野犬の様な周囲の人間達の賞賛や注目、ありとあらゆる成功や名声、名誉もこの感情の薄い息子にとって、犬の鳴き声ほどにしか、気を引かないのものらしい。


先の大戦に最年少で参加し、バルトに辛勝した際ですら、涼しい顔をした息子に、もう人生に退屈しているのでは、と妻は恐れ慄いていた。人としての規格に、入っているとは思えないのだ。


女は嫌いではないらしい。

領地には帰らず、王都の一人での暮らしを始めてからは、年齢の若者相応ともいうべきか、それなりに令嬢達を屋敷に連れ帰り、少ない数ではない逢瀬を楽しんだらしいが、情熱の対象になった女はいないらしい。

2回、3回も顔を合わせたら飽きて、もう興味が無くなるらしく、どんな美貌のご婦人を横にしても、この陶器でできた人形の様な息子の顔から、表情が浮かぶことはなかった。


そんな息子が急に婚約した。

ルードイッヒからの報告書によれば、今年デビュタントの若い御令嬢らしく、なんの特徴もない地味な子爵家の、これまた地味の極みのような華奢な御令嬢だと言う。

美貌でも、肉体的な誘惑でもなくゾイドを手玉に取るような御令嬢であれば、むしろ一族に引き入れたいと願ったが、お茶会にすら出てこないような引きこもりの娘だとか。


五代前からジーン家を徹底的に洗うように指示を出した。

呆れる程何も出てこなかった。

2代前の当主、ちょっとした詐欺に引っかかって、商品の積荷が騙し取られた事が、この家はじまって以来の大事件らしい。


だがゾイドはその御令嬢に信じられないほどのめり込んでいっているらしい。

屋敷に女を連れてくることはなくなった。毎日娘の所に入り浸っている。と。そして、報告書の末尾に、一行あった。


御令嬢に出会われてより、陶器の様なお顔には少しずつ赤みがさして、氷のようなその赤い瞳は、氷が溶けて溢れる湖の様子。


自分でその娘について探る事にした。

報告によると、本人から魔力は感じられないとあった。

子爵の館に領地から術式をかけて、魔力探知をかけてみた。上の姉が水属性だというから、魅了の魔術に長けているのかと、そう予想したのだ。

それにしてもゾイドほどの魔術師を魅了できるのであれば、大したものだ。


そして天地がひっくり返るほど、驚いた。


あれは信じられないが、石だ。

まだゾイド様は気づいていないらしい。

あの娘は何をどうしても、魔法で追跡できないのだ。本当にそうであればゾイドの大手柄だ。


後ほど第二王子とゾイドの手により石の乙女である事が判明した御令嬢は、早速フォートリー絡みの事件に巻き込まれた。

ゾイドのその前後の荒ぶりは、国が壊滅しかねない勢いで、王家から直々に、私にまで挨拶があった。あの娘に狂っていると、忠告もあった。

結局、フォートリーまで石の乙女を奪還しに乗り込んで、そして先日、その令嬢を主人として屋敷に迎える準備をせよ、とルードイッヒまで隼が飛んできたらしい。


娘が帰ってきた頃、石の乙女は、下穿きの聖女の呼び名になっていた。

フォート・リーでの娘の演説で、国中の孤児院の子供の下穿きが検められ、女神史の新しい大発見へとつながったのだ。

王政の制度が見直される世紀の大発見は、国中の孤児院の現状の調査確認も同時に行われ、設備の刷新や、教育環境の改善にも繋がるという。


全ては秘密裏の調査だったが、人々の口に戸は立てられない。その一連の出来事の引き金となった名も、顔も明かされていない娘は、巷で、下穿きの聖女と呼ばれているとか。


(石の乙女に下穿きの聖女か。。)


うら若き乙女の本人が己の二つ名を耳にしたら、おそらく喜ぶとは思えないこの呼び名は、この名が娘の関与するところで出来上がった物ではない事の、生々しい証明だろう。


まあいい。直接合えば何者か分かる。毒婦であれば面白い。聖女であればなお結構。

どんな娘が、あの息子を陥落したのだろう。


屋敷に到着すると、取り次ぎも待たずに、魔馬を降りるとすぐに正面の扉から入った。

急な訪問だ。何も取り繕う暇もないだろう。正体を見てやろう。


「下穿きの聖女の顔を見にきた。」


ルードは大いに慌てるが、娘はサンルームのある部屋にいるという。

正面の扉まで騒ぎを聞きつけて出てきた、久しぶりに顔を見る息子は、実に機嫌が良さそうだ。

先触れも出さずに、相変わらず人が悪いですね、そう言って。


屋敷中が大騒ぎになる中、真っ直ぐにサンルームに続く廊下を歩く。


「。。レイチェル様。」


ルードが遠慮がちにサンルームの部屋の扉を叩くと、中からま伸びた声で、入っていいですよー、とあまり貴婦人らしからぬ声が聞こえた。


レイチェル・ジーン。下穿きの聖女と呼ばれる娘が、そこにいる。


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