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その日は終日そんな調子で。
ゾイドは1日、レイチェルに屋敷の案内に努めた。
「きっとお気に入りますよ。」
外国の賓客などを迎えたりもする、素晴らしい館だ。
確かに素晴らしい。
レイチェルが腰を抜かすほどの蔵書の図書館は、史料館のそれより大きい。
さすがは歴史のある魔法伯家の蔵書で、金箔押しなど素晴らしい製本の貴重な本が目白押しだ。
百人単位の晩餐会の用意がその屋敷で全て用意される厨房、それだけでオーケストラが編成できるほどの楽器の用意された楽器だけの部屋、玉突きやダーツなどの男性用の遊戯室など、全てはゾイドの為にあるという。
ちょい、とゾイドが気まぐれに玉を突いたそのテーブルの玉は、四方八方に散らばって、全てがテーブルの穴に吸い込まれた。
レイチェルはため息をついた。ここはほとんど、王宮だ。
晩餐室のその長いテーブルは一体何人の着席が可能だろうか。
今晩はゾイドとレイチェルの二人だけだったというのに、晩餐にテーブルにこれでもかと載せられた豪華な食事は、あっという間にゾイドが空にした。
大袈裟ではなく、食の細いレイチェルの10倍は、食しただろう。
だというのに、ゾイドは優雅で、まるで蝶がひらひらと舞うかの様なカラトリー捌き。
レイチェルはこのお方にパイを焼こうとしていた自分が、ひたすら恥ずかしくなってるく。
色々と規格外のゾイドの屋敷でも、レイチェルがなんとか喜んだのは、浴場だった。
魔術師は、穢れに晒される機会も多いとかで、この屋敷のの浴場は、神殿の清めの場の様な広さを誇る。
各部屋に小さな風呂はあるが、この大浴場は、この屋敷の名物だとかで、賓客をもてなす際に使うという。
今度一緒に使ってみましょう、と冗談だか本気だかわからない事を言うゾイドに、反応できなかったのは仕方がないだろう。
何もかもが規格外すぎて、レイチェルは楽しむどころではない。
1日の終わりになる頃には、油の切れた機械人形の様にギクシャクと動くレイチェルに、ゾイドは心配になってきたらしい。
「。。レイチェル、何か問題でも。。?」
赤い瞳が真っ直ぐレイチェルを映す。
「あの、ちょっと私、このお屋敷に住む自信が。。。」
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「。。ゾイド様、全然落ち着きません。。こんな物凄いお部屋では一睡もできません。。どうしてもこのお屋敷に住まないといけないのでしたら、屋根裏とかにいかせてくださいまし。」
食事の後、湯浴みを終えて自室に送られたレイチェルは、己の為に準備された豪奢な寝台を見て、ついにゾイドに訴えた。
豪華な寝台の天蓋が、水晶でできたカーテンだったのだ。
中に入ると、水晶の国の女王になったかのごとく、夜は月の光を浴びて幻想的で、朝には朝日を浴びた水晶から生まれる、虹の光で目覚めるとか。
レイチェルは地味な残念令嬢だ。
こんなキラキラした所で絶対落ち着けるわけがない。普通に寝て普通に起きたい。
就寝前の挨拶に訪れたゾイドに、思わず訴えてしまった。
「。。この屋敷はお気に召さないのですね。」
ゾイドは不思議そうに首を傾げる。
この屋敷に足を踏み入れた女達は、皆目をギラギラさせて、言葉の限りに豪奢な屋敷の全てを褒めて、なんとか奥の部屋に入ろうとしていたし、外国からの賓客をお迎えしても、皆一様にまた呼ばれたいとの言葉をうける。
レイチェルは、なぜ気に入らないのだろう。
「。。そうではないんです、素晴らしいお屋敷ですゾイド様、ただ、こんな恐れ多い所では家だと思えないのです。」
「私にとって、家とは、何か和む物や、生活の匂いや、暮らして来た人の思い出が感じる場所ではないですか。でもこの様な何もかも美しくて、傷ひとつない豪華な場所では、私、何を愛して、家と思えば良いのか。。」
レイチェルは引きこもりだ。
引きこもりというのは、自分の家が世界の全てだ。こ
の屋敷は広すぎる。豪華すぎる。レイチェルの部屋は、繊細すぎて不安になる。
だったら、いっそ屋根裏でも、使用人の部屋でも、狭くて生活感がある環境の方がいい。
ゾイドは、表情の読みにくい顔を浮かべたまま、何も言わなかった。
(ゾイド様。。?)
何か一生懸命考えている様子だ。そして、何かいい考えが閃いたのだろう。
にっこり笑うと、レイチェルの手をとって、素敵な提案をした。
「では私の秘密基地に招待しましょう。」




