12
(なんでこうなってるの??何で私??)
レイチェルはもう息ができない。必死でステップを踏んではいるが頭は真っ白だ。
赤い目の神人は、ゾイドと名乗った。
ゾイドはとってつけた様に、貴女がとても美しかったから、と微笑みを浮かべて、レイチェルを呼び止めた理由を語ったが、それを鵜呑みにするほどレイチェルもおめでたくない。周囲の目も、何か面白い事が始まったぞ、とことの成り行きを興味津々に眺めている。
(どう考えても高貴な方のお戯れよね。。私手に汗かいてないかしら。こんな綺麗な人がこの距離にいらっしゃるなんて、もう生きた心地しないわ、息!息の仕方!どうするんだったっけ??)
ほぼパニックを起こしながらも、体がおぼえていてくれているステップを踏みつづける。この時ほど好きではなかった、体が覚えてくれるほどのダンスのレッスンの日々をありがたく思った事はない。
ライラのダンスの先生がそのままレイチェルについたが、それはそれは厳しく、正直レイチェルはダンスのレッスンが好きではなかった。
チラッと己の手を握る神人の横顔を確認すると、もうこの上なく整った美しい顔が美しい微笑を湛えてレイチェルを見つめる。だがどうもその笑顔の奥のルビーのような赤い瞳は、レイチェルではなく、レイチェルの何か、を見ているのだ。
(スカート?を?何で?みてるの?袖も?本当に一体何が目的なんだかよくわからない、早く解放して、お父様たづけてええ!!)
////////
(月の姉と太陽の弟、日はまた上り死して沈む。。これはラペの古代の神話の創世記の一部、か。物騒な陣をはっているな。。)
(袖にはまた別の陣が。これは東紋様?スカートに張った魔術の上書きか?いや、違うか?ちょっともう少し近づいて。。。)
「。。。さま」
ゾイドはレイチェルのドレスに纏わり付いている魔法の正体を探っているのだ。
古今東西の古語や古代魔術の術式を専門とするゾイドは、このうら若き乙女纏うの謎かけのような奇妙な魔力にもう、なんとしても解析したくなってしまって壇上を降りてレイチェルを追いかけてきたのだ。
ゾイドの一族は国内では追随するものもいない、魔法伯爵家で中でもゾイド特に魔力が高い。
魔法伯家でも数十年ぶりに誕生した高魔力による赤い目の男子とのことで、一族の英知を惜しみなく与え、まだ20代も前半ではあるが、王立魔術研究所の研究責任者に任命されたのは昨年のことだ。
次の10年はゾイドがアストリア王国の魔術界を牽引するともっぱら噂されている。
氷のような無表情、切れるような魔術展開で、赤い氷と陰で尊敬を持って呼ばれているのはゾイドも知る所だ。
ゾイドは高い魔力に恵まれているが、むしろその魔術研究への情熱が手のつけられないレベルで、自分の知らない術式があれば寝食を忘れて研究所に篭ってしまう。
そんな厄介な男の好奇心にがっつりと、レイチェルは捕まってしまったのだ。
////
「。。。様!ゾイド様!お戯れを!」
術式に考えを巡らしていたら、目の前の娘が大きな声を上げたいるのにようやく気付いた。茶色い髪の娘は少し震えている。
気がつくと回りが密やかにざわめいている。
(ん?)
娘は俺の手を払い、人混みの中に逃げ込んでいった。
どうやら逃げられた。
東の紋様からの術式の内容は読み込めていない。祝福の類だが魅了も入っていた。実に面白かったのに。
遠くから友の声がする。
「おい、気でもおかしくなったか!」
かなり焦った声だ。ルイスだ。殿下を置いて持ち場離れてなにやってるんだ?
「お前、気は確かか、あの令嬢と2曲踊ったぞ、どういうつもりだ」
息を切らしてルイスは宣告する。
「2曲?」
「お前あの令嬢と婚約宣言したんだよ、なに考えてんだ仕事中に!」