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女神の遺跡の、調査報告会は明日だ。
数百年ぶりに女神降臨に関する学術が印新されるとの事で、この報告会は長い女神研究の歴史にとって、大変重要な位置付けになるだろう。
発表内容は全て公式文書となり、関係者に開示される。
バルトはこの日を待ち続けていた。
神託の巫女により、バルトの王位の正統性に疑問が投げかけられた遠い昔の時から、ずっとだ。
(女神は私を。。愛している。。)
恍惚とした喜びに溢れ、うっとりと、古い酒を楽しんでいた。
この男にとり女神の愛は全てだ。
盲目的に執着してきた、女神からの愛の証明、それこそがバルトの人生の目標だった。
もしも女神の愛が証明されたなら、王位も聖地も、実の所はどうでも良い。
弟に奪われた女神の夫の座を奪還できるのであれば、聖地をフォートリーにくれてやる事も造作ない。
女神がこの半身に呪いを浴びせたのは、あの神託の巫女が、汚れていたからだ。私を夫と認め、そしてあの巫女の持ち込んだ穢れにより、半身が焼かれた。長子相続は、やはり絶対だった。
石の乙女を私の元に遣わせたのは、女神の采配だ。
あの娘に遺跡の壁面を読ませたのは女神だ。
女神は、私を愛している。
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「発掘が進めば、もう少し正確にこの学説が立証されますが」
報告会はフォート・リーの研究者の発表からだ。
何人もの魔術師が石化の被害に遭ってきた上での調査が、ようやく日の目を見ることとなり、感慨もひとしおである。
会の始まりの前に、フォート・リーの魔術士達はレイチェルと、ジジと、そしてジジのポーションよりも効力の強いが効きも良い(きつい、が正確である。反動で何日も興奮状態に陥ったり、爪が伸び放題伸びたりと、一般向けには利用できない)ポーションを提供したゾイドの周りを囲み、それぞれが丁寧な礼を述べていた。
魔術士達は気まぐれである。
権威よりも自身の気分を元に行動をするので国の意向などはあまり影響を及ぼさない。
相当の苦痛を伴ったらしい石化から解放された魔術士達は、非常に友好的だ。
和やかな会の始まりに、フォート・リー王は苛立ちを隠せない。
報告会に参加が許されたのは、三国の中でも超一流の研究者ばかりだ。
レイチェルは参考人として、そしてジジはまだ車椅子が必要な状態であるが、協力者として、そしてゾイドはアストリア側の調査団のジーク補佐として、それぞれ参加を許されている。
「この今回発見された遺跡の女神の言葉とされる記載を確認する限り、王は長子が絶対である事が再確認されました。ここの記載は前スガノブ記との記述と一致し、スガノブ正記の正統性が証明され。。。」
開会早々に、長々と、学者達が話を続ける。
現存する最古の女神の伝記と預言だ。神殿関係の研究者達も、皆興奮を抑えきれないのだ。
皆、より女神の近くにありたい、より女神の愛を知りたいという思いにおいては、国が違っても、神職者でも魔術師でも、また王族でも、同じなのだ。
今回はいくつも学術を覆い返す様な発見があった。
一つ目の発見は、女神の直接の子孫とされる双子の王、初代アストリア王と、初代フォート・リー王の記載だ。
これまでは両方とも、「王」とされていたが、フォート・リー王については、古代の接頭語で高貴な女性を意味する言葉がついていた。
つまり、アストリア王国の始祖とフォート・リー王国の始祖は、男女の双子だった証拠となる。
新発見された叙事詩によると、女神は世界の調和の為に、両国の子孫に、王の次は女王を、女王の次は王をその王位につけることを願った。
そして二つの国の王族の交わりにより生まれた血統が、ルーズベルトの聖地の大神官となり、女神の心となり両国の発展を祝福する者となるべし。
ルーズベルトは両国から独立し、教皇庁として、教皇を頂き、自治を認めるべき。この案に神職者達は色めき立ち、両国の代表は、非常に難しい顔を浮かべた。
そして、新発見は、神殿の乙女の条件にもおよぶ。神殿の乙女は清らかな乙女を、神託の巫女には。。これは大発見だったのだが。。
「男の愛を知る女を。か。。」
もし新解釈が正伝であれば、バルトの神託の巫女は、正当な意味合いでの神託の巫女だった。男の愛を知る事により、女神の言葉を正確にその身にうける事ができた、不世出の神託の巫女だった。
バルトの前王は、もちろん男王だった。
フォート・リーでもアストリアでも、王位継承は男子の長子という伝統があった。
長い男尊女卑の歴史の紡がれるその前は、男も女も同じ重みで継承権があったのだ。
バルトは長子として、正当な王位継承の祝福を受けた。
そして前王が男である事で、女神はバルトの王位継承を退けた。
バルトの半分を祝福し、半分を拒否したのだ。
男を愛を知らない今までの神託の巫女達は、本当の意味では女神の言葉を授かる事はなかったのだ。
バルトの代の、神託の巫女まで。
「そういえばそうよね、女神様は愛の女神だもの。男の愛を知ったら汚れているなんて、そんなケチなことを考える様な女神ではないわ。独占欲の強い、どっかの男の考えそうな事よね。」
ジジはぽつりと呟く。
大変少ない数ではあるが、数人だけいる女性の魔術士達の全てがジジの言葉に深く賛同する。そもそも女の愛を知った男が神官には大勢いるのだ。
ロッカウェイ公国に伝わる民間伝承で、女神の子孫である太陽神と、月の神の兄妹が結ばれて、その子が聖地ルーズベルトの国産みの神となった伝承を、公国の研究者が発表する。
つまり、アストリア前代の王に相応しかったのは、バルトでも、その弟王でもなく、心優しく、国内の貴族に嫁いで6人も子を為した、その妹君であったのだ。
ジークは和やかにゾイドと話をしている。大方、王妃のお腹にいる子供の性別についてだろう。公式にはされていないが、姫君である事はほぼ、魔力検査により確定しているのだ。次代のアストリア王の誕生は近い。
「。。。次代の王は、ガートルードか。。」
フォート・リー王は呟いた。
王も、バルトほどの執着はないが、女神の信奉者である。
女神がそう仰せであれば、可愛い娘が次の王位につく事は、何も問題はない。
ガートルードであれば、フォート・リーの賢王として、立派にその役目を遂げるだろう。
歴史的な大発見で、そして今後、王政の立ちゆきに大きな変革が伴うであろうが、フォート・リー側の反応アストリア国の反応も非常に落ち着いたものだった。
その後、ジジによる、呪いの泉の解呪に必要だった魔力の総量の数学的な発表 ーこれは天文学的な値であったのだがー があり、全ての発表の結果を踏まえた議論を、日を改めて、と会は和やかに閉会に近づく。
その時である。
「ありえない!!」
沈黙を保っていたバルトが、急に会場に響き渡る大声で、怒声を響かせた。
認めない、認めないと独り言を呟き。
ダン、と拳で叩かれた、大理石でできた重い机は、無残なヒビが広がった。
「王は、王は女神の唯一の夫になる。王と女神の婚姻が、女王ではならぬではないか!!」
ブルブルと怒りで青く震えている。
王と女神の間の愛は、父母の子供に対する愛ではない。間違いなく、愛慾の渦巻く、男女の間に生じる愛だ。
そしてバルトが渇望しているのは、そんな男女の間に生じる種類の、女神の愛なのだ。
たった一人の男に与えられる、女の愛だ。
明らかに常軌を逸した感情の昂りをみせるバルトに、反論を試みる者はいない。
荒い息遣いが、しん、と静まった会場で高く響く。
バルトの言い分も最もではある。王の一番の存在意義は、女神との婚姻を結び、夫となる事だとされている。
女神の唯一の夫として、その生涯を捧げ生きる事が、王の最大の役割なのだ。
「。。。発言を宜しいでしょうか。。。」
緊張が走る中、静まりかえった会場で、遠くの席で静かにしていたレイチェルは、おずおずと、そっと手を挙げた。
そして、なんとも言いにくそうに、小さな声で続けた。
「。。女神は男性でも、あります。。」




