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(うわーーーー!緊張した!緊張したわーーー!!)
レイチェルは受けとった白薔薇の腕輪を胸に、定位置に帰る。
(なんって王弟様は美しい方なのかしら。護衛の方々も目が潰れるくらい美しいかったわ。ディエムの神話の神人ってきっとああいう方々なのね。いい思い出になったわ)
アストリア王国の創生記に、ディエムという神の国の神人達の話がある。芳しく香り、この世の物たらぬ音楽を奏で、黄金のような肉体を持ち、輝くほどの美貌を誇り、空を舞うことができるらしい。
神人は争いのない世界で平和にくらしていた。現王族にはディエムの神人の血が流れていると言われ、皆々大変見目麗しい。ディエムの神人の如き、とはよくこの国では使われる賛辞だ。
最後の令嬢が祝福を受け、また高らかにトランペットの音が響く。その音を合図に弦楽団が優雅なワルツを奏でる。ロートレック伯爵夫妻がホールに滑り出し、流れるようにワルツを踊る。王都のデビュタント夜会をもう数代にも渡り催す栄誉の伯爵家である。夫妻ともかなりの腕前だ。余裕たっぷりの体さばきで招待客を魅了する。
夜会の開会の合図だ。
令嬢達は壇上を下り、それぞれ思い思いの相手とダンスを踊り出す。招待客も少しずつワルツの調べに体を預ける。会場はさながら白い蝶を放たれた花園の様相だ。
レイチェルも家族を探すべく、ドレスの裾を持ち上げて、壇上から、少々御転婆に降りてゆく。
その小さな足が子爵の元に駆け出す前に、レイチェルの肩に後ろから柔らかな絹の手袋の感触がした。
「私と踊って頂けませんか、美しい方」
ふりかえると、そこには壇上にいたはずの、赤い目をしたディエムの神人が、いた。