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(。。かかったか)
宮殿の奥の中庭に面した部屋からだ。
ゾイドはレイチェルの軟禁されているであろう部屋のあたりはつけていた。
あの部屋の周辺に放ったものだけは、執拗に叩きのめされる、諜報用の魔法で錬成された小鳥。
王族の部屋にもこれほどの執念をもった護衛は見当たらない。不自然さはそのまま答えとなる。ここだ。
ゾイドは、小鳥では部屋の主の正体を確認できかねると判断すると、部屋の周辺に貼られた結界そのものに諜報の罠の魔術をかけた。
結界に何かの反応があると、ゾイドに警報を知らせる。
この魔術は国家機密とされるほどの禁術の一つで、フォート・リーをはじめ、諸外国にはこの技術はまだ、看破されていない。おそらくジーク王子あたりに使用がばれたら謹慎どころではすまない。
先ほど、例の部屋に仕掛けた罠に、急に警報の発動を感じた。
ゾイドはすぐに小鳥を編成し、現場に飛ばす。そして小さく魔法を詠唱し、己の視界を小鳥の視界に乗せ替えた。
部屋の結界の一部が解かれ、男が出てゆく様が見える。
部屋の外には見目麗しい白馬が控えていた。
この馬の持ち主には覚えがある。
(。。あの男か。こんな夜中に。。)
先日の、勝ち誇った様な顔を思い出す。
白馬の背には、ゾイドの記憶にもある輝く美貌の男が騎乗していた。
そして。その腕の中には、寝間着の若い娘が大切そうに抱えられていた。
茶色い髪の、小さな娘だ。
ゾイドの赤い瞳が大きく開かれた。
間違いない。この娘こそ、ゾイドが力を尽くして追い求めていた、その娘だ。
ゾイドの身体中の血という血が歓喜と怒りで逆流する。
(。。レイチェル!)
ゾイドは冷静を失い、魔力の制御を放棄した。緑と黒の轟轟と禍々しい魔力の昂りがあたりの空間を歪める。愛おしい婚約者の姿をようやく確認できた喜びと、その大切な娘に触れた男への激しい怒りだ。
ゾイドの魔力の異常な発動を感じ取ったのだろう。王宮の内部が騒々しくなってきた。
銀の矢のごとく王宮を去っていった白馬の行方を小鳥に追わせると、ゾイドはゆっくりと部屋を出た。白い馬の行先は、おそらく遺跡だ。
ゾイドは自身の為に用意されていた、見目の良い黒い馬の背に乗ると、馬に語りかけた。
「良い子だ。あの鳥がいくところまで案内してくれるか。」
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バルトが武装した一団を引き連れて、ゾイドの部屋に蹴り入った頃には、ゾイドはもちろん姿を消していた。
行先は想像に難くない。
バルトが床に目を落とすと、カーペットの上の、ゾイドの歩いた足跡は焼け焦げとなって外まで点々と続いていた。凍てつき、炎が焦したかの様な後だ。魔力が体から制御できずに、氷の炎となって床を焼いていたのだ。
バルトは先の大戦でゾイドと直接対決している。感情の読めない、淡々とした、だが凄まじく強い男だったと記憶している。
(あの男がここまで感情を乱すとは。。)
制御なしでは、炎の氷で床を焼くほどの魔力。つくづく恐ろしい男だ。
しばらくゾイドの残した焦げ臭い足跡を眺めていると、先にレイチェルの部屋に探りにいかせていた兵士が側に近づいて、報告をあげた。
「バルト様、聖女殿の侍女によると、ルーク様が先ほど緊急事態だとの事で、聖女を泉にお連れになったとか。」
泉で何かが起こったのだ。そしてレイチェルを連れて行く際に、ゾイドの警戒網にかかった、そんなところだろう。面倒な事になった。
すぐに自身も泉に向かう指示を出しながら、だがバルトはレイチェルの顔を思い浮かびなら、こっそり思う。
(あんな地味な娘に。。一体何がそんなに魅力的なのやら。。。)




