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目の前に立っていたのは、地味な茶色い髪に、今が盛りの七色に輝くメリルの花を飾った、小さな娘だった。高らかに宝石やティアラで金色の髪を飾り立てた娘達の中では大変地味だが、可憐でジークは好感を持った。
「女神の恵みがあらんことを。輝く人の道に光あれ。」
薔薇を手渡す際にレイチェルの近くまで王子は近づいた。流行りの付けボクロもなく、香水もつけていない。柔らかなメリルの香りが鼻先をかすめる。
そしてどうやらドレスの表面に薄く魔力が走っている事に気が付く。そして遠目では気づかなかった、ドレスの表面を埋め尽くす、妙な縫い取り飾りにも。
(これは。。袖にあるのは古代のモンの意匠だな。これが魔力反応していたのか)
(裾には東の古代語だな。。ええと、訳は。。誉あらんことを、夜の鷹と暁の明星、いと高き者、、それからなんだ。裏に回らないと見えない)
ジークは乙女に授ける定型の祝福を与えた。
魔力はこの小さな娘からだ。間違いない。
(((くるぞ。)))
全員身構えて攻撃を待つが、目の前の彼女からは呪いが発生するでも攻撃魔法が錬成されるでもない。
ゾイドは体内で錬成が完成した魔力の行き先を持て余していたし、ローランドはその知識をフル回転させるが、小さな堅実な領地を地味に管理する子爵の娘だという情報以外持ち合わせておらず、ルイスは刀のつかに掛けた親指を離して良いものか、皆混乱していた。
そんな壇上の男達の混乱なぞつゆ知らず、レイチェルは教わった通りにばらを受け取り、作法の通り、若干緊張気味に壇上を去る。
ふとジークは、ゾイドの顔をみる。
ゾイドは、ほぼ呆気に取られた顔をして、その赤い目を見開いていた。
感情の読めない顔ばかりしているゾイドが、こんな子供のような腑抜けた顔をしているのは初めて見た。
「ゾイド」
咳払いしてこの優秀な魔道士の意識を戻す。
ハッといつもの無表情に戻ったゾイドは、冷静に状況を分析する。
「殿下。何も発動しませんでした。何も意図していないかの様子です。ですがそれにしては陣の作り込まれ方が複雑で、小憎らしいですね」
ローランドが耳打ちする。
「殿下、あれはジーン子爵の次女です。子爵の領地は公式用の事務の紙類の生産で、安定してますが、それ以上でも以下でもありません。悪い噂もありません。上の娘は平民に嫁いだとか。そもそも殿下の横を狙うので有れば、化粧や香水をもうちょっとくらい強くするでしょう。」
ルイスもつぶやく。
「体術どころか、かかとの高い靴で歩くのもやっとと言った所、殿下に危害などとても、といった所か。」
(((一体なんだったのだろう)))
貴公子達は、全くこの地味な娘に、心底度肝を抜かれてしまったのだ。