Act5:鳥人宰相
お待たせしました。いよいよ第5幕の開宴です。それではどうぞ!
完全なトロオドンへとD-Driveしたコルに乗せられたレキは、そのまま物の10分で彼等の活動拠点となる首都・ネオプテリクスへと到着した。
「さぁレキ、着いたわよ」
「此処が、ネオプテリクス……」
街の入り口に立ったレキは、その見事な景観にただ気圧されるばかりであった。
一応“魔法”なる物が存在すると言うからファンタジーテイスト全開な中世ヨーロッパの街並みが並ぶかと思いきや、実際は現代の摩天楼を思わせる高い塔が随所に聳え立っており、一見するとまるで東京都庁かニューヨークを思わせるメトロポリスの様相を呈していたからだ。これ程高度な文明を鳥達が築いたと思うと驚嘆の一語に尽きる。
実際に街を歩いてその様子を眺めてみれば、遠くに見えるビルを始めとした建物の壁や天井などは緑や花に覆われおり、森らしき物もあちこちに散見され、更には路上の隅に完備された水路にもアンモナイトを始めとした魚類や甲殻類と言った生き物が泳いでいる。地球人類の文明以上に自然と共生出来ているその光景には、レキも感心しか抱き様が無かった。
然も良く見ると道路には宙に浮いて動く車らしき物が往来し、コルが持ってるのに良く似た形状のスマホ、更には携帯ゲーム機らしき物を持ったオルニス族が随所に見られた。それでいてビル群の合間にはヨーロッパテイストの家々もそこかしこに軒を連ねており、上手い具合に下町情緒を醸し出している。
「凄ぇな、まさか鳥のお前等がこれ程の文明を築いてたとはよ……」
「驚いた?文明が自分達ホモ・サピエンスだけの専売特許じゃないって知らされて」
「あぁ、十分驚いてるよ。てかさっきから色々驚かされっ放しだよ」
元の鳥人に戻ったコルから話し掛けられても、今のレキにはそう返すしか出来なかった。
文明とは、平たく言えば人間が楽と便利さを求めて作り出した物である。そしてそうした欲求や願望を抱き、叶えようとさえする精神的資質を有する唯一の生き物だったからこそ、人間は今日の様な文明を築くに至った。
一方、鳥を含む生き物達はその日生きる分の糧を、願わくば最短で得、それが出来たのなら後は敵に見つからない場所でくつろげればそれで満足なのだ。生命誕生以来、動物とは元来そうやって生きて来た存在である。故にレキの地球においては如何に知能が高かろうと、人間以外の動物が文明を築くなど有り得ない。
そんな動物の中に在って鳥の彼等……否、その祖先の恐竜達から高度な知能を持った者達が現れ、こんな見事な文明を築いたとあってはホモ・サピエンスも形無しであろう。
レキが頭の中でそう思考を巡らせていると、コルが街の名前について説明する。
「ネオプテリクスって言葉にはね、“新しい翼”って意味が有るの。今から100年前に築かれた、割と歴史の浅い街よ?」
「何?これが歴史の浅い街だってのかよ?」
だとしたらこの世界には他にももっと歴史の深く、それこそステレオタイプなファンタジーテイストの街が点在するのだろうか?だとしたらぜひ見てみたい物である。
だが、今のレキにはそんな事は瑣末な事だった。自分の目の前をコル達と似た様な鳥人間が街や空を闊歩し、地上でも獣脚類や竜脚類、それに角竜の様な鳥盤類と言った数多の竜達が彼等と共に行き交う。
まさしく鳥と恐竜の楽園と言うべき光景が目の前に広がっていたのだ。恐竜及びその末裔である鳥を愛するレキにとって、此処で過ごす時間は最高に贅沢なそれだった。
「俺、お前等の住んでるこの街見てたら興味出て来ちまったよ。なぁ、少し位寄り道したって良いだろ?」
「ホルス様との面会が終わったらな」
レキの提案をアドリアはあっさりと取り下げ、その上でスマホらしき物を片手にこう続けた。
「レキ、お前の事は今しがたホルス様に報告及び連絡した。間も無くこちらに迎えが来るぞ」
「迎え?」
レキが首を傾げていると、突然目の前に翼竜と戦闘機を合体した様な乗り物が3機、宙を飛んでこちらにやって来る。そして一行の姿を捉えるや否や、ゆっくりと翼を畳んで着地した。
2人乗りの操縦席らしき物が存在するが、誰も乗って操縦していない所を見るとどうやら自動で動く無人機の様だ。“迎え”と言う事は、これが恐らくこの世界のタクシーかハイヤーなのだろう。
「何だよこれ?恰好良いじゃねぇか」
率直な感想をレキが漏らしていると、レグランとラクク、アドリアとフェサと言う具合にニコイチで1機ずつ搭乗する。
「ホラ、あんたも乗るの!」
「おいっ、ちょっ……!?」
目の前の乗り物に見とれていたレキも、直ぐ様コルから問答無用で手を引かれてその内の1機に無理矢理乗せられた。全員が乗ると同時に、タクシー(仮称)はそのまま再度翼を広げてゆっくりと宙に浮く。
そして最後尾のバーニアを噴射させて勢い良くネオプテリクスの市街地を中空飛行で飛翔した。
「うおぉっ、速ぇっ!!つーか俺、飛んでるぅぅ~~~ッ!!」
「落ち着きなさいよ馬鹿!まぁ、初めて見る物だろうから気持ちは分かるけど―――」
レキ自身、子供の頃に家族旅行で飛行機に乗った事は何度か在る。それ故、空を飛ぶ乗り物自体は初めてではない。だが、こんなジャンボジェットと比べてもコンパクトなサイズで、然も高速で飛ぶ乗り物は生まれて初めてだ。
人間界において、高速で空を飛ぶ飛翔感は航空自衛隊のエリートや空軍の様な、ジェット戦闘機を駆る者にしか許されない特権なのだろうが、それを民間人の自分が味わえている。此処へ来るまでにもトキメキは何度も感じたが、この体験もレキにとってはその1つとなった。コルに制されても、レキは目を輝かせながらキャノピーの外を流れる景色を眺めていた。
「こんな乗り物まで有るなんて、お前等の世界って本当に凄いな…って、ん?何だ、白い宮殿みてぇな建物が見えて来たぞ?」
外の景色をレキが楽しんでいると、遠くに大きくて立派な白い建物が見えて来た。外見的にはオーストリアに在るシェーンブルン宮殿に近いが、まるでイギリスのビッグベンを思わせる尖塔が建物の左右に聳えている。因みに塔の時計に当たる部分には大きく紋章が描かれていた。
「あれがホルス様のおられる聖殿『カステルムアルバ』。この『ウラノドラケ』は其処を目指してるの」
「へぇ……“白い城”ってネーミングそのまんまだな。つーかこのタクシー、ウラノドラケっつーのか。意味は差し詰めギリシャ語で「天空竜」かい?」
「ご名答。パンサラサ語で『ウラノ』は天空、『ドラケ』は竜を意味するわ。」
成る程、「ドラケ」は「竜」を意味する「ドラコ(draco)」の変形か。パキケファロサウルスの「ケファロ(cephalo)」がホマロケファレだと「ケファレ」になるのと同じ法則の様だ。因みに「ケファロ」の意味は「頭」である。
自身の中でそう納得していると、不意にコルがレキに尋ねる。
「けどあんた、良くカステルムアルバとウラノドラケの意味が分かったわね。まさかパンゲア語とパンサラサ語を両方知ってるとは思わなかったけど、語学には詳しい方なの?」
「いや、まぁ、俺の世界じゃ恐竜みたいな古生物のネーミングにはギリシャ語やラテン語っつー言葉が使われてるからさ。独学で勉強した事有るから多少は分かるんだわ」
「ふーん、パンゲア語やパンサラサ語って、あんたの世界じゃそう言うんだ…って、もう着いたみたいね」
レキの博識さにコルが感心していると、3機のウラノドラケは宮殿の敷地にゆっくり不時着。すると宮殿を守る衛士と思しき鳥人達が飛んで来て一行を出迎えた。
アドリア達5人がウラノドラケから降りて来ると、衛士達の中から代表格と思しき1人が前に出て来て言う。
「皆様、お務めご苦労様でした。アウロラ様奪還の任務、達成おめでとうございます。流石はネオパンゲアの誇る鳥竜天翼部隊『CWS』の方々です!」
彼の言葉を皮切りに、他の者達は拍手喝采でアドリア達の労を労う。祝福の心算なのか楽器まで演奏して歌う者までいた。
するとアドリア達と一緒に既にウラノドラケから降りていたレキが戸惑いながら5人に問う。
「おい、“ネオパンゲア”って何だよ?ついでに“CWS”ってのも何の略なんだ?」
するとコルが説明する。
「そう言やあんたには未だちゃんと話してなかったけど、私達の住んでるこの国の名前は『ネオパンゲア』って言うの」
「ネ、ネオパンゲアだって?」
パンゲアと言えば、レキ達の住む地球において大昔に存在した超大陸の名前である。後に現代のユーラシア、南北アメリカ、アフリカ、インド、オーストラリアとなるパーツ全てが1つに寄り集まった巨大な大陸で、ペルム紀から三畳紀に掛けて存在していた。因みに「パン(pan)」は「全て」、「ゲア(gaea)」はガイアで即ち「大地」を意味しており、此処から「全ての大地」と言う意味合い。
だが、何故に頭に「新しい」を意味する「ネオ(neo)」が付くのだろう?ネオプテリクスの街と併せて考えれば、「ネオプテリクス」や「パンゲア」と言った旧地名も存在する筈だが…。
「因みにこの国が位置する大陸も同じく『ネオパンゲア大陸』で、さっき話したパンゲア語もこの国の古い言語の1つよ」
「国名と大陸名一緒って、まるで俺の世界のオーストラリアみてぇだな…じゃあこのネオプテロスってのはその首都って訳か……」
地名への疑問は気になるが、取り敢えず初めて国の名前を大陸込みで知ったレキに対し、フェサとレグランが説明を引き継いで言う。
「それで、この国には平和維持の為の『ネオパンゲア国防軍』って言うのがあるんだけど、僕達はネオパンゲア中から選ばれたあらゆる分野のエキスパート達を訓練して、その中から選ばれたメンバーのみ在籍を許された特殊部隊『CWS』のメンバーなんだ」
「ついでにお前、何の略か訊いてたよね?正式名称は『Celestial Wing Servis』だよ」
「マジか……分かった。そんだけ知りゃ今は十分だわ。有り難うよ」
案の定、アドリア達5人はネオプテリクス、延いてはネオパンゲア国が有する特殊部隊の一員であった様だ。薄々そんな気がしてたから然程驚きはしなかったが、実際にそうと分かってレキも漸く納得出来た。この世界の事は未だ良く知らない物の、自身が発掘した化石を恐博から盗み出す手腕や、道中で遭遇したドラゴンを恐竜化した上での見事な連携で倒す戦闘力の高さを鑑みれば、彼等が国の切り札的存在である特殊部隊と言うなら合点が行く。と言うか、化石を盗み出して正面の扉をブチ破ったのも、今思えばティラノサウルスに完全竜化したレグランだったのだろう。あらゆる点が1つの線で繋がり、レキは漸く得心が行った。
彼が2人に礼を言った直後、不意に衛士の1人が早速レキを差して言う。
「それでアドリア様、この者ですか?アウロラ様奪還の際に身柄を確保したと言う、異世界の知的生命体ホモ・サピエンスと言うのは」
見ず知らずの衛士からの指摘を受け、とうとう話が本題に入った事をレキは感じていた。気付けばアドリア達は元より、兵隊達も心なしか険しい表情でレキを睨み付けている。
(そうだ…そうだよな。こいつ等からすりゃ俺は成り行きで此処に連れて来られた、言わば“招かれざる客”。そして俺は俺の発掘した化石を返して貰いに来たんだ。何でこいつ等が俺の化石を“アウロラ様”なんてまるで神様か何かみたいに呼んでんのか知らねぇが、俺の夢への原点はキッチリ返して貰わねぇと……!!)
改めて自身の置かれている状況と、此処に来た目的を再確認すると、レキも毅然とした表情で彼等と対峙する。
そんな彼の様子を一瞥すると、アドリアは一息吐いてから話を切り出した。
「あぁ、その通りだ。こいつはアウロラ様を返せと言ってしつこく追って来たから仕方無く連れて来た。処遇も含めてホルス様とこれからじっくり話し合いたい」
「そう言う訳だ。分かったらお前等の中で1番偉いっつーそのホルス様とやらに会わせて貰お……ッ!!?」
アドリアに便乗して啖呵を切らんとしたレキだったが、次の瞬間オルニス族の衛兵達に剣や槍と言った武器の先端を突き付けられた為に怯んでしまう。
「口を慎め無礼者が!此処は我等の生きる世界と国。異なる世界から来た余所者のお前に権利など何も無い!今お前は生殺与奪を我等に握られている事を忘れるな!!」
「その気になれば我々は、何時でも貴様の命を一方的に奪う事が出来る。生きてホルス様にお目通りしたくば、言動は重々に自重しろ!!」
「それともホモ・サピエンスとは礼節も弁えられん程野蛮で、精神性も民度も低い低劣な種族なのか!?」
「くぅッ……!!」
衛兵達は武器を手にレキを包囲すると、そう口々に罵りながら威圧的に相手を脅し制す。対するレキもその勢いに気圧され、死の恐怖すら明確に感じていた。表情にこそ余り出さずに済んでいる物の、恐怖の証拠としてレキの顔から脂汗が少なからず滲み出ている。
自分を此処に無事に連れて来たアドリア達が特殊部隊の一員なのは分かったが、目の前にいるこの兵士達も曲がりなりにもこの宮殿を守る存在。一般人で何の武器も戦闘技術も持たない、ただの人間の自分が敵う道理など有る訳が無いのだ。分かってはいたが、今の自分は敵軍に囚われた捕虜も同然。少しでも相手の不興を買えば、最悪ホルスとやらに会う前に殺される。生まれて初めて味わう捕虜の立場に強い緊張を覚えつつ、事の成り行きを見守る――――今のレキにはそれしか出来なかった。
「何だ?アドリア達が凱旋したかと思えば、随分と物騒な空気が流れているな」
周囲を鳥達に囲まれた完全アウェーな状況下の中、突如離れた場所から声が響く。何事かと思って声のした方を向くと、其処にはハクトウワシのオルニス族が佇んでいた。金の肩章の付いた黒い軍服に身を包んでおり下半身は白のスラックスと、一目見ただけでこの国の要人である事が分かる出で立ちをしている。
ハクトウワシの鳥人が登場した瞬間、アドリア達を含むこの場の全員が驚くと同時にその場に跪き、相手へ向けて頭を垂れる。そして一斉に視線の先にいる相手の名を叫んだ。
「ホ……ホルス様!!」
(ホルス…!?あのワシが!?)
どうやら目の前のハクトウワシこそ彼等の指導者にしてこのネオパンゲアの国家元首であるホルスらしい。まさか国のトップがこのタイミングで現れるとは想定外だ。
するとホルスは周囲を見渡した後、その場で唯一平伏していないレキに視線を向ける。
「ッ!?」
視線を向けられただけなのに、レキの身体はまるで石化したかの様に動かない。それ処か、心臓を鷲掴みにされる様な重圧すら覚えた。ヤバい……!!目の前にいる相手は決して只者では無い!!今しがた出会ったばかりで話してもいないのに、話す前からその事が一発で分かってしまう。王者のみが放つ絶対的なオーラに、レキは気圧されるばかりだった。
そんなレキの心中など知る由も無く、ホルスは口を開いて言う。
「それで、君かね?アドリア達がアウロラ様と共に連れて来たと言うホモ・サピエンスは…」
厳かな雰囲気こそ醸し出していたが、ホルスはまるで凪の様に穏やかな口調でレキに尋ねる。
「え?あっ、はい。そうですけど…」
だが、レキはなけなしの動物としての本能によって感じていた。これが“嵐の前の静けさ”と言う物であり、少しでも相手の不興を買う様な事が有れば真っ先に自分が八つ裂きにされる――――そんな恐怖が彼の脳裏を過っていたのである。
極度の緊張と恐怖の中、拙く肯定の言葉を返すレキに対し、ホルスは言う。
「アドリアからのメールの報告では、何でも向こうの世界で眠っていたアウロラ様を採掘したと書かれていたが本当かね?」
「はっ、はい!そうです!」
相手の問いに対し、間髪入れずにレキがそう返すと、当然の如くアドリア達5人を除くオルニス族の兵隊達は驚愕する。まさか目の前の異世界人が自分達の神を掘り起こしたなど、とても信じられた物ではない。嘘だと言われたらそれこそ納得と言う物だ。
「あのホモ・サピエンスがアウロラ様を掘り起こした?」
「だからわざわざこんな所へアドリア様達は連れて来たのか?」
「嘘だろう?そんな出鱈目が有るか!」
「大方コル様が研究資料として持ち帰ったのが、偶然嘘吐きの個体だっただけじゃないのか?」
「だったらさっさと実験材料にでもして処分すれば良いんだよ!」
口々に有る事無い事噂をする衛士達のどよめきがその場を支配するが、直ぐにホルスが声を上げて制する。
「皆鎮まれ!」
ツルならぬワシの一声であっさりその場を沈黙させるホルスの姿を見て、レキは感心せざるを得なかった。どうやら目の前の相手は本物の国家元首であり、相応の統制力を持っている様だ。
「君、名前は確か……」
「レキです。竹内靂。“竹内”が苗字で“靂”が名前です。」
「君の世界に於けるホモ・サピエンスとは、自身の名に更に苗字なる物を付けるのか。我々の世界には無い発想だな…」
そう言いながらまるで値踏みする様にレキの事を眺めると、ホルスは大きく頷いて言う。
「フム、良いだろう。報告によればアウロラ様を奪還したアドリア達を追い、こんな世界にまでわざわざ来た位だ。その勇気と胆力、行動力に免じて話を聞いてやろうじゃないか」
ネオパンゲアの国家元首の放った言葉に、一同は驚きを隠せなかったが直ぐに納得した上で頷いた。レキも一瞬驚きはしたが、漸く本題に入れるとして取り敢えず一安心だ。
直ぐ様レキはアドリア達からカステルムアルバの執政室の隣に在る特別応接室に通され、改めて遂に面談する事と相成った。