Act11:鳥人再び
今回から遂に物語が動き出します!
「この様に、ディッキンソニアやヴィッタツシヴァ―ミスには鋭い牙も獲物を捕らえる触手も、素早く移動したり獲物を追う脚も鰭も無かった。こうした生物が生きていたカンブリア以前の時代は平和だった訳だ。だがカンブリア期初頭、生物は進化の過程で“眼”を獲得した。それは彼等の軍拡競争を促し、海には様々な種類の生物が――――――――」
入学式から一週間、レキは大学の講義に参加し、教授の言葉を一言一句漏らさぬ様に真剣にノートを取っていた。彼の通う『東京博物大学』は地質学や海洋学、古今東西の生物学や自然科学と言った自然に関する様々な学問を学ぶ大学で、卒業生の中にも多くの動物学者や昆虫学者と言った生物研究に携わる者が名を連ねている。無論、鳥類学者も例に漏れない。現段階では未だ座学が中心だが、その内調査の為にフィールドワークに出る事も有ると言う。
教科書に書いてある事を詰め込むだけで無く、実際に考え、時に自ら自然界に出てその営みに触れる事によって調査し、研究する。鳥類を始めとした未来の生物の研究者を輩出する場として、レキの通う大学は実に理想的な環境だった。高校3年の大学受験以上に、此処での4年間は真に己がなりたい自分の為に一生の中で最も勉学に励むべき超大事な時間。他の大学生が勉強もそこそこに遊び呆ける馬鹿と化す中、彼はそんな危機感と使命感を胸に日々を過ごしていた。
だが、惑星アウロラに迷い込んだのを機に回り始めた運命の歯車は、既に自身の人生を大きく変える程の影響をこれから及ぼして行く事を、当のレキは未だ知らなかった――――。
「今日の進化学どうだったよ!?」
「あぁ、為になったよ。鳥には関係無いけど、何処でそう言うのが繋がって来るか分かんないからさ」
「竹内は真面目だねぇ~…」
昼休み、カフェテラスでレキは友人と昼食を摂っていた。友人の名は小林洋人。同じく今年の春からレキの通う大学に入学して来た1年生で、将来は恐竜を研究する古生物学者を目指している。因みに尊敬する人物の1人として、レキの父親で日本の恐竜研究の第一人者・竹内快を挙げている。
「つーかお前、あの有名な竹内快教授の息子だってのに、何で恐竜じゃなくて鳥の研究がしたいんだ?そりゃ最近の研究じゃ鳥は恐竜其の物だって言われてるけど、随分回り諄くね?」
「そう言や、小林には未だ話してなかったな…」
小さい頃、レキが親から貰ったプレゼントは恐竜図鑑だった。父親から買い与えられたその図鑑を、レキは何時も読み返しては恐竜の生きた、遠い三畳紀から白亜紀に掛けての時代に想いを馳せていた。自分が生まれるより遥かずっと昔、それこそ自分の祖父の祖父の更に祖父…いや、人類がこの世に生まれるより圧倒的に遠い過去の時代にこの地球上を闊歩していた恐竜達。
3本の立派な角を持ったトリケラトプスや、長い首と尻尾を持ったアパトサウルス。そして強靭な2本の脚で大地を駆け、巨大な顎で全てを喰らった王者・ティラノサウルス。勿論それ以外にも空を飛ぶプテラノドンや、海を支配していたプレシオサウルスもモササウルスと言った爬虫類達も、レキの心を大きく掴んだ。こんな巨大でパワフルな生き物達がいたと知った時、レキの心は大きく震えた物だ。有り体に言えば感動である。
無論、図鑑を見るだけではなく、休日に父に博物館へ連れてって貰い、恐竜達の化石を見た事も何度も有った。屍となって気の遠くなる様な時間が経っても尚、その圧倒的な存在感を放つ恐竜達。図鑑で見るのとはまた違うインパクトを以て、レキの心は大きくときめいた。だが、それでももう恐竜がこの世に居ないのだと言う残念な気持ちは心の何処かに残っていたのである。
そんな気持ちを抱えたまま、やがて時が流れて8歳になった時、研究が進んで鳥が現代の恐竜であると言う考えた研究者の間で定説となった中、父はレキにとってはまさしく福音となる言葉を告げたのだ。
『レキ、知ってるかい?恐竜は本当は絶滅してないんだ。鳥になって生きてるんだよ。そう、鳥は恐竜其の物!カラスも恐竜なら、スズメも恐竜なんだよ。皆が食べてる目玉焼きは恐竜の卵の目玉焼きだし、手羽先やチキンナゲットだって恐竜の肉!養鶏場なんてジュラシックパークだ!凄いだろう?父さんもお前も、恐竜に囲まれて生きてるんだ!』
もう遠い昔に絶滅してるから、生きた彼等に会う事は出来ない。そう思っていたレキにとって、父の言葉は希望となった。鳥が現代に生きる恐竜だと言うのなら、自分はその鳥について知りたい!自分は将来、現代の恐竜を研究する学者になるんだ!その想いから、レキは鳥類学者の道を志し、鳥の事やそれに繋がる恐竜の事。更に其処から地球の歴史と知的好奇心の幅を広げ、色んな事を本やネットのWiki等で調べては貪欲に知識を吸収して現在に至ったのである。
「へぇ~そんな事がねぇ…つーか話聞いてる限り、恐竜と友達になりたくって色々学んでる様なモンだな」
「まっ、否定はしねぇよ」
「けどこの前のニュースは驚いたよなぁ!まさか恐竜王国・福井で本物の生きた羽毛恐竜が見つかるんだからよ!」
「あ、あぁ…そう、だな……」
目を輝かせながら新たな話題を振る小林に対し、レキは表情を引き攣らせたまま、歯切れ悪く回答するしか出来なかった。
自分の化石がアドリア達に盗まれた数日後、自分の地元である勝山市周辺で鳥達が消えて代わりに羽毛の生えた恐竜と思しき怪生物が次々と見つかった事件。あれは地元の新聞を大々的に賑わせ、ニュースでも何度も取り沙汰された。自分の化石が盗まれた事に対する世間の関心を淡く霞ませるには充分なインパクトだったが、当のレキとしては非常に複雑な気持ちであった。
これで恐竜研究が大きく進む――――そう考えれば素直に喜ばしいが、自身の中ではどうも釈然としない。だが、当の小林はそんなレキの胸中など御構い無しに嬉々としてその出来事について語る。
「知ってるか!?その恐竜、ウチの大学の研究室にも何匹か研究資料として近い内に送られて来るみたいなんだぜ!?恐竜研究者の卵としちゃ是非とも見に行かねぇと…お前もそう思うだろ!?」
「お、おう…つーか話聞いてて思ったんだが、お前こそ何で恐竜の研究者になんかなりたいって思ったんだよ?」
気不味い空気を変える為、レキは何とか話題を変えようとする。気付けば心臓は早鐘を打ち、顔からも冷や汗が滲んでいた。
「そりゃあ……って、行っけね!次の講義に間に合わなくなる!んじゃな竹内!」
レキの問いに答えようとする小林だったが、時計を見てそう言うなりその場から走り去って行く。小林が去る様子を手を振って見送るレキだったが、胸中には何とも名状し難い後ろ向きな感情が渦を巻いているのを感じていた………。
「今なら原因は何と無く分かるぜ、小林。その恐竜っぽいのが発見されたのって、間違い無くあいつ等絡みだ………」
向こうの世界でD-Driveと言う、鳥から恐竜になる力を目の当たりにしたレキには、羽毛恐竜と思しき生き物が現れた原因がコル達に有ると見抜いていた。だが、そんな事を本人に言える筈も無いし、言った所で信じて貰えまい。
浮かない気持ちを少しでも紛らわすべく、レキは図書館へと足を運んだ。次の時限、特に履修する科目も無かったからだった。その分、レキは熱心に古今東西の学者達の文献を読み漁って行く。
「ほほ~、この学者の考え方っつーか人生観は面白ぇな………」
レキにとって、図書館での渉猟は鳥類を始め、それに繋がる様々な生物に関する視点や論点を知り、見識を広げる為の行為である。同時にそれは、レキにとって自身の視野を広げるだけでなく、多面的に物の考え方を磨く修養となっていた。物事を多面的に見られる様になる事は、社会で生きて行くに当たってあらゆる場面で欠かせない。まさに人生の必須スキルである。その修得の為に若い内から様々な事を学び、経験する―――――それこそが彼のモットーなのだ。
読み終えた文献を棚に仕舞うと、レキは早速次の文献を手に取ってその中に目を通そうとする。文献の著者は何と自分の父!息子としても読み甲斐の有る内容なのは間違い無さそうだ。
「親父…学者の卵として読ませて貰うぜ。恐竜学者としてのあんたの論をな………!」
そう呟きながら本の表紙を開けようとした時だった。突然鞄に仕舞っていたスマホが激しく振動し始めたのだ。レキが慌てて取り出し画面を見ると、着信は実家の母からだった。
(お袋?何か有ったのか……?)
地元に居る母からの突然の連絡に戸惑いつつ、レキは図書館を出る。そして「応答」をタップすると、受話器越しの母に声を届けた。
「もしもしお袋?何か有ったのかよ?」
レキがそう言うと、困惑した様子の母の声が彼の耳に響く。
『レキ?大変なの!あんたの知り合いだって言う人達が大勢ウチに来てて、“レキに会わせろ”って言って来るのよ!』
「は?俺の知り合い?」
突如母から告げられた“自分の知り合い”と言う不審な言葉に、レキは怪訝な表情を作った。地元の知り合いと言われれば、近所に住む高校の同級生や先輩に後輩、行き付けの店の主人や恐竜博物館の館長及びスタッフ達――――。色々と心当たりが有って特定出来ないが、1つだけ気になる点が有る。それは相手が大勢で来たと言う事だ。
複数人で来る程の相手とは誰だろう?一週間以上前の、化石盗難事件を受けた警察かマスコミの事情聴取か?否、化石が盗まれたあの日、自分はその双方から聞くべき話は聞き、言うべき事も全て言ったのだ。その後も化石泥棒の捜査が難航して大した進展も無い中、改めてまた自分の話を聞きに来るとは思えないし、仮にそうだとしても惑星アウロラから来たオルニス族に盗まれたなんて真実を話した所で、到底信じては貰えまい。既に卒業した高校の同級生と言う線も流石に無いし、皆目見当が付かない。
レキが超速で思考を巡らせていると、母が更なる言葉をレキに伝える。
『そうなのよ~!黒い髪の女子高生位の女の子が先頭に立って強気な口調であんたを出して欲しいって言って来て、今東京にいるって言ったら直ぐ連絡を……』
『御免なさい、少し替わってくれませんか?』
(ん!?この声、まさか…!?)
電話越しに母の声とは別に、自分に会いたがっていると思しき人物の声が飛び込んで来る。忘れもしないその声に、レキは一瞬ながら戦慄を覚えた。
『レキ!あんた今何処に居んのよ!?折角私達が一ヶ月の予定、前倒ししてあんたの事捜しに来たのに!!』
(やっぱりあいつだ……コルだ!!)
母と交代した電話の声の主は、自分の発掘した化石を盗んだ窃盗団の1人で、カラス型の鳥人の少女であるコル本人だった。向こうの世界から戻る時、一ヶ月後にまた来るから、それまでに竜聖剣レックスカリバーを見つける様に自身に頼み込んでいたのは今でもハッキリ覚えている。“大勢”と言う母の言葉から、アドリア達も一緒に来ていると見て間違い無い。姿に関する言及がコルの“黒い髪の女子高生位の女の子”以外、特に無いが、アドリア達もTechnical-D-Driveで人間態になっていると言うのか?
何にせよ、未だあれから一週間弱しか経っていないのに何故彼女達は人間界に来ているのだろう?あの世界から戻る際に聞いた話では、こちら側に行く為に必要な次元門はメンテナンスの為、一ヶ月間使えないと聞いていたが………。
「い、いや知らねーよ!!つーか一ヶ月したらまた来るっつってたのに全然話違ぇじゃねーか!!てめぇから約束したのにてめぇで破ってふざけんなよ!!」
『…そうね。帰る時、あんたには一ヶ月後に来るって約束したものね。それをこっちから破ったんだからそう思うのも当然よね……』
一ヶ月後にまた来ると言う約束を反故にした事をレキに詰られると、意外にも相手は申し訳無さそうにそう答える。
「何だよ?やけに素直だな…?」
『でも!そうしてまでやらなきゃならない大事な使命が私達には有るの。それだけは分かって頂戴』
「もう良いよそれは……んで?用件はレックス何とかを出せって話か?」
『ッ!!もう見つかったの!?』
早速レキの方から本題に入った事を受け、電話越しに人間態になったコルは目を見開いてそう尋ねる。竹内家の玄関では、同じくTechnical-D-Driveで人間態になったアドリア達CWSのメンバーが固唾を飲んで成り行きを見守っていた。
深呼吸しつつ、レキは努めて冷静に言う。
「お前等の捜し物かどうかは知らんが、2年前に掘り起こした化石の近くから変な剣みたいなのが出て来てな。博物館じゃ引き取って貰えねぇから持ち帰ったよ。今じゃ俺のお守り代わりだ」
『本当に!?良かった……!!』
未だ実物を見た訳では無いが、竜聖剣レックスカリバーと思しき物が見つかったのが嬉しかったのか、コルはそう安堵の声を漏らしていた。ホッと一安心だったのはアドリア達も同様であった。
『…それで、今あんたは東京のどの辺に居るの?』
「え?まさかお前等、今からこっち来んのかよ?」
『当然でしょ!?こっちは大事な任務で来てんだから!!勿論、あんたも一緒に来て貰うわよ!』
「何!?俺まで!?お前等の世界に!?」
『そうよ!レックスカリバーだけじゃなくてあんただって必要なんだからね!』
「嘘…だろ………?」
何と、必要なのはレックスカリバーなる剣だけでなく自分まで含まれているらしい。それはつまり、剣だけ渡せばそれで彼等と縁切りと言う訳では無いと言う事であり、突き詰めれば自分が彼等にとって英雄であると言う説が濃厚になって来たと言う事に他ならない。あれから一週間弱しか経っていないが、その間に彼等はそうほぼ結論付けられるだけの論拠を得たと言う事なのだろう。
余り信じたくは無いが、仮にもし自分が英雄だったとしたら、オルニス族達は一体自分に何をやらせると言うのだろう?レックスカリバーを手に戦えと言うのだろうか?然し何とだ?CWSだけでは手に負えない程の恐ろしい敵が、彼等には存在するのか?何にせよ、今の自分の日常が滅茶苦茶になりそうな気がしてならない。
そう考えると胸騒ぎが止まらなくなるが、かと言って自分がコル達から逃れられるとはとても思えない。一ヶ月間の時間をどうやって短縮してこの世界に来たかは知らないが、それを可能にした上で自分の実家まで調べ上げる様な連中だ。この東京での所在だって、その気になれば彼等は直ぐに特定するだろう。
それ以前に彼等は例の化石を捜す目的で、だいぶ前からこの世界を調査していた。1年前かそれ以上昔からかは定かでは無いが、当然ながら言語や文化や地理等、この世界の基本情報は既に一通り頭に入っている可能性は極めて高い。自分の事など、それこそ地の果てまで追って来るのではないか?
色々と考えれば考える程、空恐ろしい気持ちでレキは一杯になる。然し、何も言わなければもっと大変な事になるのは想像に難くない。場合によっては、コル達が自分の家族にまで危害を及ぼす可能性も充分有り得る。異世界に迷い込んだ自分を其処の王様と面会させてくれた上、無事に送り帰してくれた辺り、コル達は人間以上に良識の有る者達に違いない。だが、それと同時に泣く子も黙るネオパンゲアの特殊部隊でもあるのだ。必要と在らば、非情な措置も辞すまい。
『残念だけど本当よ。私だって信じたくなかったわ……』
「そうかい……」
『言っとくけど、嘘吐いたって無駄だからね?あんたが何処に居たって、私達は必ずあんたを見つけるわ。逃げられるなんて思わないで頂戴』
分かってはいたが、自分は逃げられない運命に在るらしい。鳥類学者としての未来処か、己の人生が危うくなりそうな予感すらする。然し、それでも自分の家族の身の安全だけは守らねねば!
そう観念したレキは、溜め息とも深呼吸とも付かぬ大きな一呼吸を吐いた後、こう切り出した。
「分かった…分かったよ。教えりゃ良いんだろ教えりゃ!良いか?1度しか言わねぇから良く聞けよ?」
半ば自棄になりながらレキは今、自分が東京に在る東京博物大学なる大学に通っている事を告げ、其処へ通う為の現住所を懇切丁寧に告げた。コルもコルで、電話越しの声に強く耳を傾けると、彼の言葉を一言一句漏らず記憶に刻み付ける。
「……こんだけ言えばお前等ならもう来れるだろ?」
『分かった。有り難う……ん?ちょっと待って!』
礼を言った直後、コルのスマホからと思しき着信音が電話越しに聞こえた。ホルスからの連絡だろうか?
数秒置いてからコルがレキに告げる。
『御免、急な任務が入って直ぐには行けないわ。けど数日したら来るから覚悟しといてね?』
そう言い終わると同時に、電話を切られた。
(何だよ…直ぐに来る訳じゃねーのかよ。ッたく……)
スマホを仕舞いつつ、レキは思った。任務とは一体何の事なのだろう?まぁ、向こうも国の特殊部隊である訳だから、ホルスの指令を受けて何かしらの重要な仕事をこなしているのは間違い無い。
直後にまたスマホが鳴ったので電話に出ると、相手は母親から。先程現れた“知り合い”との関係性を尋ねられた為に答えに窮したが、仲の良かった地元の高校の同級生と後輩と言う事で何とか誤魔化した。子供の学校での対人関係など、親は基本的にノータッチ。其処に誤魔化しの余地が有ったのが幸いである。
それから図書館で次の講義までの時間を潰した後、レキはその日の最後の履修科目を小林と共に受講。講義が終わると、2人で他愛も無い会話を交わしながら家路に就く。最寄りの駅で彼と別れたレキは、そのまま電車で自宅アパートへと帰還するのだった。無論、その胸中にはあの鳥と恐竜の異世界へこれから行く事と、その使者が何時来るのかと言う不安が渦を巻いていたのは言うまでも無い。
次回、遂にレキの前にCWSの全メンバーがその現す!?




