第九話
「それで、この後はどうするのだ?」
カーンとの試合を終えたテルはノブルに尋ねた。
「一度街に戻り、補給品を仕入れてから、北の探索かな」
炙った干し肉をパンで挟みながら、ノブルが答える。
「一ヶ月ほど前にその辺りを探索したんだが、その時に設置したキャンプがまだ残っているようならそこを拠点に足を伸ばすつもりだ」
「私は遺跡の探索などをした経験がないのだが、そんな簡単に何か見つかるものなのかね?」
「見つかる時もあれば、数ヶ月どころか数年駆けずり回っても、何の成果も得られない事はざらにあるな」
テルの素朴な疑問に、ノブルは苦笑しながら答えた。
「遺跡の場所がわかってる事もあるが、そういうのは大体取り尽くされた後か、まともに探索できないほど危険かのどっちかだからな」
「危険?」
「野生の獣や野盗の棲み処になってる程度ならマシな方でさ。それこそかつての文明が遺した『番人』がいたりするんだよ」
「ほう……」
「目が合ったと思った直後に、体に穴が開いていた、みたいな話があります。人間にどうこうできる相手じゃないですよ」
ノブルの話を聞いていたテルの目が怪しく光ったのをリズは見逃さなかった。
恩人が無謀な戦いを挑んで命を落とす事がないよう釘を刺す。
「そこまでヤベェのはそうそういねぇよ」
そんな思いを知ってか知らずか、カーンがそう口を挟んだ。
「俺の岩皮をぶち抜けた奴はそうそういねぇし、それこそ、外皮の硬さだけで言えば、イーグの方が上だしな」
言ってカーンが指差す先には、自分の頭ほどもある水瓶を煽る、頭が甲殻類のそれに似た、六本腕の射手がいた。
「そう言えば、彼? はどのような生き物なのだ?」
「カンサー族と呼ばれる種族ですね。鋭敏な感覚とカーン様のおっしゃっていたように硬い外皮が特徴です」
「様つけなんてよしてくれよ」
テルに尋ねられたリズがそのように解説すると、カーンが苦笑いを浮かべた。
テルがイーグと呼ばれたカンサー族に目を向けると、彼は一本の右手を掲げて挨拶してみせた。
「発声器官が違うので喋る事はできないと言われています。こちらの声もどこまで認識しているのかわかっていません」
「なるほど」
「まぁ、意思の疎通はできてるから問題ないさ。彼は優れた狙撃手で、ボクの要求通りに仕事をしてくれる。それで充分だからね」
炙り方が足りなかったのか、ノブルは一度挟んだ干し肉をもう一度火にかざしながら、テルに向けて言う。
それはイーグを評価しているようでいて、テルに警告しているようにも思えた。
ノブルは決して善意からテルをパーティに引き入れ、リズの同行を許した訳では無かった。
当然、働きが悪いと思えばパーティからの追放もあり得るし、探索メンバーの輪の外で干し肉を齧る一団に混ざる可能性もあった。
彼らは奴隷階級の存在だ。
今のところは荷物持ちくらいしか仕事を与えられていないが、パーティの危機には自らの肉体を盾にする事を強要されるだろう。
飢えた獣の前にその身を投げ出し、ノブル達から興味を逸らす役目も与えられるだろう。
そしてノブルもカーンも、リズですら、それが当たり前だと考えていた。
この厳しい砂漠で、誰にでも優しくしていては生きていけない。
帝国の童話には、全ての人間を助けて回る変人の話がいくつもある。
だが、そのいずれも全てを失って野垂れ死ぬか、救おうとした人々ごと共倒れで終わっていた。
「ああでも、別の世界から来たという事例に関して心当たりがあるな」
ノブルが何でもないように話を戻す。
空気を変えようとかそういう意図があった訳ではない。
本当に、ただの世間話として適当に話題を散らしているだけだった。
「先程言っていた伝承のようなものではなく?」
だからテルも特に気にせず、ノブルの話に相槌を打つ。
「ああ。知り合いに妙な事を口にする人間がいてね。確かに彼が異世界から来たのだとすると、その奇妙な言動も納得できるかもしれない」
「あくまで、訳がわからねぇのは別の世界から来たからだって納得できるからであって、訳がわからねぇ事は変わらねぇけどな」
言ってカーンは高らかに笑った。
釣られて、他のメンバーも笑いを溢す。
「ところでカーン殿……」
ひとしきり笑ったところで、テルは声のトーンを落としてカーンを呼んだ」
「ああ……」
短く応えて、カーンは唇の端を吊り上げる。
彼らの反応に呼応するように、焚火で揺らめく影の向こうで、何かが蠢くのが見えた。