第八話
テルが地を蹴り、カーンに迫る。
カーンもそれを迎え撃つべく金棒を振り上げる。
テルの刃がカーンの脇腹を捉えるものの、岩のような肌に弾かれた。
これまでの、肉に刃が食い込むが、そこから先へ進まない感覚とは違う。
岩と同じか、それ以上に硬い何かを叩いたかのように、テルの腕を押し返す感触があった。
「くっ!」
それに驚いてる暇はない。
次の瞬間にはテル目がけて金棒が振り下ろされていた。
横に跳び、回避するテル。
金棒が地面を叩き、砂塵が舞う。
そのままカーンの左手側に回り込み、再び横薙ぎに刀を振るう。
「だがっ!」
今度は刃が体に届くより速く、片腕だけで振り向くように振るわれた金棒がテルを襲う。
「ちぃっ!」
振るった刃はそのままに、更に跳躍する事で、カーンの回転半径から逃れる。
刀と金棒がかちあい、火花が散った。
一瞬、目を刃に走らせるが、欠けたりへこんだりしているようには見えない。
やはり耐久力が異常だ。
ノブルは切れ味の代わりに硬度が増したのかもしれないと言っていたが、テルの見る限り、切れ味そのものは変わっていない。
むしろ、耐久力が増した事で前世の時より良くなったようにすら思える。
結局のところは、この世界の人間が異常に頑丈なのだろう、とテルは結論つけていた。
(まぁ、この者相手ではそもそも関係ないか)
自ら跳んだエネルギーに、金棒の威力が合わさり、テルは大きくカーンから離れる。
「そこはまだ射程内だぜ!」
今度は体ごと振り返り、右腕に金棒を持ち替えたカーンが叫んだ。
テルの着地した位置は、彼の刃は届かないが、カーンの巨躯なら届く距離だった。
右半身になっての腰の入っていない振り下ろし。
しかし、それでも十分に致命傷を狙える威力が秘められていた。
打撃において、質量は正義なのだ。
「ふっ!」
しかし冷静に、頭の上で刀を使って金棒を受け止め、即座に刃を傾けて受け流す。
「おおっ!?」
直後に前に出ながらの横薙ぎ。
振り抜きの位置もタイミングも完璧だった。
上半身と下半身の鎧の間。
それこそ、前世の人間どころか、この世界の人間でも真っ二つにできていたかもしれないほどの、会心の一撃だった。
しかし刃が通った感触がない。
火花が散り、耳障りの良くない音が響く。
(わかっていたことだ!)
そのままカーンの脇をすり抜け、背後に回り込む。
大上段にふりかぶり、渾身の力をこめて振り下ろす。
「うっ!?」
続いて響いた金属音にリズが顔を顰めて耳を塞いだ。
「まだだぜ!」
テルの放った一撃は、カーンの被っていた兜を断ち割っていた。
それだけでも技術と力が見事に融合した一撃だったと予想できるが、しかしカーンは意に介さず、再び振り向きながら金棒を振るう。
(兜で威力が殺された感覚は無かった。あの肌は鉄の兜より硬いのか……)
大きく後方に跳んでその一撃を躱すテル。
距離を取ったまま、テルは正眼に構えた。
切先に迷いが見える。打つ手がなくなった証拠だった。
対するカーンも、両腕を大きく広げた態勢のまま、動かない。
これまでのように勢い任せの攻撃では、捕らえられないと理解していた。
「そこまででいいだろう」
そんな二人の間にノブルが割って入る。
「カーンとこれだけやりあえるなら十分だ。懸念していた武器の威力に関しても、君の技と組み合わされば問題無いようだしな」
ノブルの言葉に、テルは一つ息を吐き、構えを解く。
それを見て、カーンも姿勢を崩した。
「改めて、よろしく頼むよ、テル」
「ああ、こちらこそ、よろしく頼む、ノブルよ」
差し出された手を強く握り返し、テルは相好を崩したのだった。