第七話
「さて、村から連れ出したはいいが、君を我々の仲間に加えるにはいささか問題がある」
村から街へ向かう道中、適当な岩陰で一向は野営をする事になった。
食事をしながら、テルに向けてノブルがそう言った。
「ふむ……」
手渡された、パンで肉を挟んだものにかじりつきながら、テルは先を促した。
感触は餅というより団子に近いが、手にべたつくわけでもないこの食べ物はなんだろうと考えていた。
「氏素性のわらかぬ者を無条件に信用する訳にはいかぬというのは、理解できる話ではある」
「いや、そういう話じゃないのさ」
テルがノブルの真意を推理するが、しかし否定されてしまった。
「野盗相手に大立ち回りを演じていたから、それなりに腕が立つのは間違いないのだろうね。けれど、その程度じゃボク達の旅にはついて来られない」
「なるほど」
ノブルたちはロストハンターと呼ばれる仕事をしている。
それは古代文明の遺跡などを探索し、技術や物品を回収する者達だ。
生半可な腕前では早々に命を落とすだろう事は想像に難くない。
実力不足で損害を被るのが自分一人ならまだいいが、チームで活動する以上、足手纏いは全体の生存率を下げる結果になる。
「実力が足りていないと判断されたならどうなる?」
険呑な目つきでテルはノブルを睨むが、ノブルは意に介さず背後を親指で指し示した。
「あいつら側にいって貰う事になるのさ」
そこには粗末な服を着て、干した肉を齧る男女がいた。
ノブル達のパーティの、非戦闘員であり荷物持ちだ。
だが、ノブル達との服装や待遇の違いを見れば、彼らが決して良い扱いを受けている身分であるとは思えなかった。
(奴隷か……)
どこの世界も同じなのだな、とテルは特にそれ以上の感情は抱かなかった。
テルの世界も階級制度の厳しい身分社会だった。
だから、そうした存在がいる事に彼は不快感を示す事も、憤る事も無い。
「とりあえず我々のメンバーの誰かと試合でもして貰おうかな。勝てとは言わないさ。試合の内容で実力を見よう」
ちらりとノブルが目を向けたのは、岩のような肌を持つ、ゴラム種のカーンだった。
先の戦い振りをテルも思い出す。
恐らくは、彼がこの集団で最も腕が立つのだろうと推測する。
「それは構わぬが、その前にこれを見て欲しい」
テルはそう言って、刀を抜いて見せた。
「この世界の者相手には文字通り刃が立たぬが、万が一という事がある」
「どれ……」
とノブルは刀を手に取ろうとして動きを止めた。
「この世界?」
「うん? ああ。私はこことは別の世界で死に、女神と名乗る者にこちらへと送られたのだ」
言うテルの口調は軽い。
彼をこの世界に送り込んだ女神が聞いたなら、
『え? なんでそんな簡単に言っちゃうんですか? 異世界から来たと知られたら面倒な事になるかもしれないとか葛藤があるでしょ!?』
と怪訝に思った事だろう。
だが、そうした創作物と無縁のテルはそのような事は考えない。
むしろ、こちらの世界に詳しい人間がいるのだから、違いを早いうちに確認しておいた方が良い、と考えていた。
「へぇ、そんなことがあるんだな」
多くの者がテルを胡乱な目で見る中、カーンだけが感心したような表情を浮かべていた。
「こういう仕事をしていると、確かに聞く話ではある」
ノブルもそれに続く。
「この世のものとは思えぬ技術や品物、知識を有した謎の存在の話だ。ロストハンターの間では、人知れず古代技術を手にした探索者だろうと考えられていたが、別の世界からの来訪者という可能性もあったか」
「そう言われると、この刀も妙なのだ」
「妙?」
「前の世界では数人を相手にすればそれだけで切れ味が悪くなっていた。それこそ、手入れをしなければすぐに使い物にならなくなっていた」
そもそもが、体も衣服もずたずたに切り裂かれていた。
傷は塞がり、衣服は新しい物が与えられている。
ノブルの話に出て来たこの世のものとは思えぬ品物、とはそうして女神によって再生された物質なのではないだろうか。
「この世界の者の皮膚には中々刃が通らぬが、前の世界でそのような相手を切りつければ、刃こぼれは必至だった」
しかし、とテルが刀身を眺める。
刃こぼれもへこみもない、まるで今しがた打ち出したばかりのようだ。
刃が通らないと言ったが、あくまで前の世界のように斬れないというだけで、皮膚も肉も切り裂く事ができていた。
その後に血を拭きとった程度で碌に手入れもしていないのに、この状態は異常だった。
「ふぅむ。切れ味を落とす代わりに手入れ不要の性能を得たという事なのだろうか……。これは興味深い……」
「つまりオレの体を切りつけても壊れる心配がないって事だろ? テルは何を心配してんだ?」
「先程は大袈裟に言ったが、切りにくいというだけで全く切れない訳ではないのでな」
「ほう、つまり誤ってオレを殺しちまうんじゃないかと心配してくれたのか?」
「死には至らずとも、手足に大きな怪我を負えば、今の仕事を続ける事は難しくなるだろう?」
「心使いが有り難過ぎて涙が出るね」
言って歯をむき出しにして笑うカーンの表情は、獰猛な肉食獣のそれだった。
煽るようなテルの言葉を受けて、こちらも皮肉で返す。
「その点に関しては安心して欲しい。手足の一本や二本、補う方法は存在する」
「ほう」
刀をテルに返し、ノブルが言った。
それを聞いたテルは思わず笑みをこぼす。
瞳だけが、妖しい輝きを放った。
「だから思う存分その刀を振るういい。むしろ、そうでなければ君の方がすり潰されるぞ」
言って笑うノブルの瞳にも、狂気の輝きが灯っていた。