第六話
「本当にありがとうございました」
「なに、友人を助けるついでだ。お前達が気にする必要はないよ」
村長からお礼を述べられた青年が、横柄な態度でそのように応じた。
銀色の長い髪を後ろで一つに結った髪型。
緑を基調とした着流しに色を合わせた直垂。
足元には足袋と踵を覆う造りの草履のようなものを履いている。
なるほど、これは貴族に間違われるはずだ。
テルはその青年の姿を見てそんな事を考えていた。
「それで、君はこんなところで何をしているんだ? 友よ」
「道に迷った所をこの村の少女に助けられたのだよ」
話を振られて、テルが答える。
勿論、目の前の銀髪の青年はテルの友人どころか初対面だ。
だが、何を察したのか、彼は友人であるテルを迎えに来たと村人に説明した。
明らかに人とは違う外見を持つ大男をはじめ、複数の戦士を従えた彼が友人と称すれば、それを疑う村人はいない。
大男の他の従者は、鼻が高かったり彫が深かったりはするものの、テルと同じ人間であるように見えた。
しかし、その中にも一人、異様を放つ者がいる。
その者には手が四本あった。
その腕は細く、蟹かそれに近い生物のように見えた。
巨大な目が顔の両側についており、鼻も耳もあるようには見えない。
大男は、まだ皮膚が人のそれと違い角が生えているというだけでまだ人間であるように見える。
しかしその者は、生物であるという事しかわからなかった。
服を着て武装しているのだから、人間と同程度の知能は持っているとは思うが……。
それの持つ武器も異様だった。
一見すると鉄砲のようだが、テルの背丈を超える巨大さだった。
銃口の大きさから、恐らく先程の戦いの最中に飛来した巨大な矢は、アレから放たれたのだろうとは思うが……。
「恐らく野盗はもう来ないだろう。あれらとは別の集団がいるかもしれんが、十人以上を全滅させられる戦力を持った村になど、近付こうとは思わんだろう」
「本当に、なんとお礼を言ったらいいか……」
「ロストハンターの真似事をしている放蕩貴族の集まりのようなものだ。それほど気にする事ではないよ」
青年は村長と話しているように見えて、その実、テルに自分達の素性を説明していた。
リズとの会話から、ロストハンターというのが遺跡を巡って古代の文明が遺した技術や宝物を探る者達だとテルは理解していた。
当然、そのような旅には危険がつきものだ。
言外に、彼はテルを勧誘しようとしていた。
先程の戦闘を見て、テルの剣の腕を欲しいと思ったのだろう。
そしてそれは、テルにとっても僥倖だった。
彼がテルを戦力として欲しがる。
それはつまり、テルの剣の腕が、この世界で強者に通用するという事でもあった。
青年の目が節穴でなければの話だが。
「まぁ、どうしても礼がしたいと言うなら、このノブル、それを受け入れるのに吝かではないがな」
ちらりと青年――ノブル――がテルを見た。
「改めて、テルと申す」
テルはその視線を受けて一歩前に出た。
村長に向けて名乗る。
当然、ノブルに聞かせるためだ。
「一宿一飯の礼と言っても、其の方らは納得しないのであろう。いつ貴族から今回の事を理由に強請られるかと気が気ではないようだ」
それは前の世界でテルが学んだ事だ。
上に立つ者と下の者とで信頼関係が結ばれていない場合、過度な寛容さは不信感を生む。
「我が友ノブルよ。古代の技術を探るにあたり、面白い存在をこの村で見つけた」
「ほう、わが友テルよ。それはどういった存在だ?」
「まだ年端もいかぬ少女であるが、書を読み知識を蓄えている。何より、知を得る事に貪欲だ」
「ほう。それは良い。才能も大事だが意欲がなければ無駄にするだけだからな」
「リズよ」
ノブルの許可を得たと判断したテルはその名を呼ぶ。
村人達の間から、様子を窺うようにしてテル達を見ていた少女が肩を震わせた。
「私がしてやれるのはここまでだ。後は自分でその足の進む先を決めよ」
あの時話したリズが、ただ漠然とこの村を出たい、と思っていただけだったなら、恐らくこの話には乗ってこないだろう。
どれほど不満があっても、人は慣れ親しんだ環境から出る事を怖がるものだ。
それは為政者も臣民も変わらない。
例え良い方向に転ぶ事がわかっていても、改革の際の痛みを嫌う者は多い。
「どうかわたしを連れて行ってください!」
そうして文字通り一歩を踏み出した少女は、テルとノブルに向けて深々と頭を下げたのだった。