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無双転生  作者: いせひこ/大沼田伊勢彦
プロローグ
3/13

第三話


外の喧騒に、テルは目を覚ました。


実際には、物音や話声が聞こえた訳ではない。

ただ、外の空気がにわかに騒がしくなったのを感じ取っただけだ。


その空気には覚えがあった。

戦の前の独特の空気だ。

静寂に包まれていながら、熱気が渦巻いている。

そんな不思議な空気。


「それもこの感覚は、あの時と同じものか……」


自らの最期となった、寝所への奇襲。

あの時に覚えた感覚と同じものをテルは感じていた。


「…………売られたか?」


偽物の貴族だとバレた可能性よりは、野盗や人攫いに売られたと考えた方が妥当だ。


剣を手に取り立ち上がり、腰に差す。

部屋の入口の前に、誰かが佇んでいる気配がする。


「誰か?」


自分でも、声がわずかに震えているのがわかった。

どうやら、あの裏切りは、テルの心に、テルが思う以上に深い傷を刻んでいたらしかった。


「あ、リズです。起こしてしまいましたか……?」


誰何の声に応えたのはテルが助けた少女だった。


「外で何かあったのか?」


「いえ、まだ……」


「私を売る話でも出たか?」


「い、いえ、そういう訳ではありません」


「その場で話せ」


あの少女が自分を騙すとは思えなかった。根拠は無い。ただの直感だ。

しかし、同時に少女が見せた、その幼さと不釣り合いな強かさを思い出す。


「見回りの人が、村の近くで野盗の集団を見たって……」


「ほう……」


「村に来るとは限らないんですけど、それでも備えない訳にはいかないので」


「であろうな」


暴力が幅を利かせるこの世界で、都合の良い現実を望むのは愚かだ。


「ではこれは、野盗に対抗しようとする村人たちの殺気か……」


「え? ええと……」


どうやらリズにはこの感覚はわからないらしかった。

このような世界でも、普通の人間の感覚は普通なのだと、テルは妙な感心を覚えていた。


「野盗が襲ってくることはあまりないようだな」


「あ、はい。少なくとも、私が覚えている限りは……。村の外でなら街に行く途中で襲われることも珍しくないんですけど……」


尋ねたのはテルだが、彼にはそうだろうな、という確信があった。

外の気配の中に、恐怖と緊張が混じっていたからだ。


勿論、襲撃に慣れていてもそのような感情は混じるだろう。

だが、その濃度が濃いように感じられた。

そのため、村を防衛する経験は無いか、非常に少ないはずだとあたりをつけたのだ。


「一宿一飯の恩を返そう。私にも手伝わせてくれるか?」


「一応、近くの駐屯地に衛兵を呼びに行っていますけど……」


「税を取るばかりで守ってくれないと、寝る前に言っていたのは其方ではないか」


「あ……」


野盗に自分たちだけで対処できるとは限らない。

撃退できたとしても、どれだけの被害が出るかわからない。

だから、駐屯地に所属している、あるいは砂漠を警邏している衛兵に頼る。


村人たちの行動は間違っていない。

ただ、確実に助かるかどうかがわからないだけだ。


「先日、いや昨日か? ともかく以前君を襲った者たちと同じような強さであれば、十人くらいなら問題無く撃退できる。それ以上となると確約しかねるが……」


「同じくらいかどうかと言われても……」


「装備や練度の話だ。個人の資質や技量については問わぬ」


「でしたら、それほど変わらないかと……。ロストハンターでもなければ手に入る装備は限られていますし……。砂漠に落ちている鉄屑を適当に加工した武具が殆どですよ」


「成程、ならば問題は無いな。其方らは、相手の中に想定外の強さを持った『達人』がいない事を祈っておくと良い」


言ってテルは立ち上がり、部屋から出る。


「あ、私はあなたに逃げるように言いに来たんですけど……」


「ついでに其方を連れて?」


「そ、そういうわけでは……」


あわよくば、と考えていたのはリズのその反応で知れた。


「構わんさ。現状に不満があるなら自らの力でもって変えねばならぬ。他人はどこまでいっても他人だ。簡単に頼り、無条件に信用すると裏切られるのが関の山だ」


テルの言葉には実感がこもっていた。


テルの最期は部下のクーデターによるものだった。

いや、あれは部下ではなかった。


権威と歴史はあったが、力が無かったテル。

力があり、権威を求めた彼ら。


利害が一致していたから互いに利用していただけの関係。

そして、テルが自ら力を持とうとしたために、邪魔だと思われた結果、テルは襲撃され、そして敗れた。


力を持ったテルをコントロールするより、力をつける前に排除してしまった方が楽だと思われたのだろう。

もしも彼らが本当の意味でテルの部下であったなら、多少テルを傀儡にしていた頃と比べて取り分が減ったとしても、彼のサポートに回るはずだからだ。


神輿は軽い方が担ぐのが楽だ。

ましてや、勝手に動こうとする壊れた神輿は、破棄するのが普通だろう。


それ自体には恨みはない。

ただ、自らの無力さを嘆くだけだ。


寝る前は、リズを連れ出してやれない無力さに落胆していた。

だからこそ、自分の力を示すことのできる場所が用意されたと知って、テルの心は躍っていた。


この感覚は確かに似ている。

テルの最期のあの時に。


それまで何もできなかった自分が、それまで積み上げてきた力を存分に振るえる舞台に立てた時の喜び。


それを今、テルは再び感じていた。


「話は聞いた」


辺りはすっかり暗くなっていたが、やはり月のお陰で足元を確認することはできた。

それでもやはり暗いのだろう。

村人は篝火を焚き、周囲を照らしている。


鉄の棒を手にした若い男たちが、不審そうな目を近づいてきたテルに向ける。


「一宿一飯の恩を返す。村にやってくるかもしれない野盗の相手、私が受け持とう」


「……リズの話からそれなりに腕が立つってのはわかってますけど、確認できただけで相手は十二人いますよ?」


「ふむ、想定より少々多いが問題無い。途中で斃れてしまったら残りは任せることになるが」


「え、いや……」


村人としては、数を恐れてテルが逃げ出さないかと懸念しての言葉だったのだが、テルは負けることを何でもないかのようにそう言ってのけた。


「リズにも話したが、十人程度なら撃退は可能だ。しかし、それより多いとなると、難しさははねあがる。単純な加算ではないのでな」


「あ、えっと……」


「お任せしてもよろしいのですか?」


なんと反応するべきか困惑している青年たちを置いて、リズの父親がテルに尋ねた。


「構わぬ。折角磨いた剣技、使わなければ腐るだけだ」


その言葉を口にして、テルは自らの感情にとりあえずの理屈がつけられたような気がした。


そうだ。自分はきっと嬉しかったのだ。

身に着けた力が振るわれぬまま朽ちてゆくのが悲しかったのだ。


だから、その機会が訪れて、自分は喜んだのだ。

だから、クーデターを起こされた怒りよりも、剣を、力を振るえる喜びが勝ったのだ。


そしてそれは今も同じだ。


何もできず、何も為せない自分が、その価値を示せる機会。

それが訪れたことに、感激に打ち震えているのだ。


その理屈がすとんとテルの胸に落ちたその時、一人の青年が慌てた様子で村の中に駆け込んで来た。


「き、来た! 奴らやっぱりこの村を狙ってやがる!」


青年がそう叫ぶと、村人が反応するより先に、テルは動いていた。

腰に差した剣の柄に手をかけ、村の外へと向かって歩き出す。


既に背中しか見えない村人にはわからなかったが、歩みを進めるテルの顔には、玩具を見つけた子供のような笑みが浮かんでいた。


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― 新着の感想 ―
[一言] 平行世界の剣豪将軍様と現代人を取り違えておられるのかね。
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