第十三話
新章開始です
大陸北東部に広がる砂漠地帯。
その砂漠地帯の北端部。帝国の北の要衝としての位置にその都市はあった。
「大陸北部、もしくは中央、東部と帝国領土を繋ぐ交易都市。それがここ、ロイヤルポートだ」
高くそびえる城壁を指差しながら、声を弾ませてノブルが解説する。
城壁の周りには大勢の人がたむろしている。
入門の審査待ちの人々を相手に商売をする者もいれば、ただただ物乞いをしているだけの者もいる。
「やはり、どこの国も都の様相は変わらんな」
入門待ちの列に並びながら、そんな人々を眺めてテルが呟く。
「彼らは街に入れないんですよ。そこに住んでいる人でないなら商人くらいしか城門を越えられません」
そんなテルの横に並び、リズが説明する。
「だから農村から作物を売りにくる人は、街の中に入らず、街に入る商人と商売するんです」
「勿論入門料を払えば商人以外でも入れるけどね」
ただ、生きるのが精いっぱいの農民にそんな金を払う余裕はないし、農村や鉱山から逃げ出した放浪者なら猶更だ。
「まぁ、彼らは野盗に落ちないだけマシだからね。ほら」
とノブルが指さした先を見ると、列を進む商人が物乞いに銀貨を投げ渡している。
一人二人ではない。
結構な数が、何十、何百人といる物乞いに金を渡している。
どう見ても何の役にも立たなそうなガラクタを受け取り、金を支払っている。
「日銭が稼げないと彼らはすぐに盗賊に転じてしまうからね。道中が少しでも安全になるなら、安いものなんだよ」
「なるほどな」
全身鎧に身を包み、矛を手にした衛兵の視線を浴びながら、テル達も城門をくぐる。
「今、金を払っていなかったようだが?」
「貴族は顔パスさ」
「街だけじゃなくて農村にも貴族の人物帖が出回っているんですよ」
テルの疑問にノブルは片目を瞑って見せた。
リズが補足説明をする。
「帝国貴族は都市間の移動は自由なんですけど、城門を出入りするたびに本人かどうかの照会をされるのを嫌った上位貴族が過去にいたそうなんです」
「なるほど」
「衛兵も貴族といらないいざこざを起こさなくて済むし、帝国市民も知らずに貴族に無礼を働く可能性が減る。貴族はいちいち位階証明をしなくて済むから、誰にとっても得しなかない制度さ」
そしてノブルは口の端を吊り上げてテルを見た。
「特定の貴族に恨みを持つ人間が復讐相手を間違う事もなくなるし、ハーミットは貧乏貴族を誘拐して身代金をとりっぱぐれる事がなくなるしね」
どう反応すればいいかわからず、テルが困惑した表情を浮かべる。
リズは気まずそうに目を逸らした。
それは帝国内で広く流布しているよくあるブラックジョークであるため、カーン達は爆笑している。
「おい、ムシもどき!」
補給品を買い出しを奴隷達に任せ、ノブルはテル達を連れて酒場へと向かっていた。
その途中、そんな罵倒が聞こえてきた。
どうやらテル達に向けられたものではないらしかったが、声のした方を見れば、数人の武装した男女が、いかにもみすぼらしい恰好をしたカンサー族を囲んで罵詈雑言を浴びせていた。
「あれは?」
「ああ、帝国憂志団の奴らだな。見ての通り帝国には様々な人種が存在してる」
力が強く、戦闘や土木作業に登用されやすいゴラム族。
手先が器用で製造に従事する者が多いカンサー族。
「他にも農業を得意とするハームト。鉄に愛されたアシッドランダー。鉄の肉体を持つブリキット」
「色んな種族がそれぞれの特性を活かした職業に就いてるのが帝国の特徴なんです」
「けれど、なんの特長も持たないせいで、才能ある個人ならともかく、種族としては最も失職者が多い種族が存在する。何かわかるかい?」
「まぁ、人間なのだろうな」
ノブルとリズが上げた種族の中に入っていなかった事を考慮すれば、その推測は簡単だった。
「なんでもできるっていう強みがあるんですけどね。逆に言えば、なんの仕事をするにしても相応の努力が必要になるんですよね」
「そうした努力ができない癖に、自分達が碌な仕事に就けないのは、他種族のせいだと主張する奴らがいる」
「それが彼ら?」
「いや、そいつらに支援されてるのが彼ら帝国憂志団だ」
「彼ら自体は商人の護衛や酒場の用心棒などに雇われたりしてますからね」
「色んな街にグループが存在してるが、特に統括組織があるって話は聞かないんだよな」
カーンが会話に入って来た。
「勝手に名乗っているということか?」
「黄色の布を体のどこかに身に着けるってルールはあるみたいだが、基本的には言ったもん勝ちさ。一つの街に複数の憂志団のグループがいる事も珍しくないしな。まぁ、そういった仕事をしてる奴らはまだマシで、大体はあんな感じで他種族への恐喝や強盗で糊口を凌いでるのさ」
カーンの言葉が聞こえたのか、カンサー族を囲んでいる憂志団の一人がちらりとテル達を見たが、すぐに何事もなかったかのように哀れな被害者の方へと向き直った。
「例え他種族を雇っているとしても、貴族相手には何も言えない程度の奴らさ」
その行動をノブルが解説し、テルが納得したように無言で頷く。
「助けたりしないんですか?」
テルに尋ねるリズの言葉に、批難するような色は含まれていなかった。
純粋な疑問、ただの確認のように思えた。
「私がこの街の治安を預かる立場にあるというなら割って入るが、そうではないのでな」
言いながら、テルはノブルを見る。
「キリがないよ」
ノブルも決して正義の味方という訳ではない。
チンピラによる恐喝事件程度なら、それは憲兵の仕事だとスルーする程度の人間性だ。
「やはり、世界が変わろうと国のありようはどこも変わらんな」
遠くから門の衛兵より軽装の武装集団――憲兵隊――が恐喝現場へと向かっているのを見ながら、テルはそう呟いたのだった。