第十二話
大陸南西部には、グリーンクラウドと呼ばれる土地がある。
木々が生い茂り、見上げると枝葉が空を覆い隠してしまう事に由来する名前だ。
日の光を木々が遮り一日中薄暗いのも特徴だ。
湧き水や大きな湖もあり、そこから流れる河川が蜘蛛の巣のように張り巡らされている肥沃な土地ではあるが、その開拓の困難さから放置された結果、魔境と化してしまっており、まともな人間は寄り付かない。
だが、それ故に棲みつく者もいる。
大国から身を隠す場所としてはこれほど最適な場所もないため、小規模の非合法勢力が原生林に覆われた湿地帯の暗闇の中に蠢くようになっていた。
そんな裏社会の群雄割拠のようなグリーンクラウドの地で、最近急速に大きくなった勢力があった。
その勢力の名前はブルーバレット。
数ヶ月前まではグリーンクラウドによくある、非合法な薬の原料を栽培する小規模勢力だった。
しかし、一人の男がふらりと彼らの拠点に現れ、暴力でもって勢力を掌握すると、その勢いをかって周辺の小規模勢力を壊滅させ吸収して瞬く間に勢力を拡大していった。
そのブルーバレットの隠れ家で、一人の男が荒れていた。
「すみませんじゃねぇんだよ!」
怒号と共に男が右腕を振るう。
彼の前で恐縮した様子で立っていた男の頬を拳が捉え、吹き飛ばす。
逆の手に持っていた瓶を煽る。
ゲップと共に酒臭い息が吐き出される。
「これで何度目だ!? あぁん!?」
「し、しかしボス……!」
「畑はウチの大事な資金源だろうが! 人が増えてもシマが増えても、それを維持する資金がなきゃただのハリボテなんだよ!」
反論しようとするが、ボスと呼ばれた男に遮られた。
そして彼の言葉はある種の正論であったため、そのまま口を噤む。
「わかってんのか!? なぁ、おい! そんなドアを一蹴りしただけで倒れる家に住んでられんのか!?」
床にへたりこんだ男の周りをボスは歩き回りながらまくしたてる。
合間に酒を煽り、そのたびにボルテージは上がっていく。
「それともなにか? わざとわってんのか? ウチを図体がでかいだけの死にかけの獅子にして、他の奴らに喰わせちまおうってはらか!? あぁん!?」
「そ、そんなこと考えてませんよ……!」
「だったらそれを行動で示せって言ってんだよ! てめぇらの首の上に乗ってるのはピーマンか何かか!? クリーブランドのパイの方がまだ中身が詰まってるぞ!」
そして男の蹴り飛ばし、ボスは椅子に勢い良く腰を下ろした。
酒瓶を煽るが、空になっているのに気付く。
「ちっ!」
舌打ちと共に床に瓶を投げつける。耳障りな音と共に瓶は砕け散った。
気にせず、新しい瓶を開ける。
「で?」
「はい……?」
一口飲んでボスは口を開くが、蹴られた男も周囲の男たちも、その意味をはかりかねた。
それが、文字通り引き金となった。
「ぎゃあああぁぁぁあ!」
乾いた音が響き、顔を蹴られた男が右の太ももを抑えてのたうちまわる。
ボスの手には一丁の拳銃が握られていた。
銃口からは硝煙が立ち上っている。
「ほんとてめぇらは何も考えられねぇな! そんなだから何度も何度も畑を焼かれんだよ! 次をどうやって防ぐつもりかって聞いてんだよ!」
彼が手にしている拳銃は、天才設計士によって設計され、実に70年の長きに渡り実用された傑作モデルM1911A1。
通称、コルトガバメント。
この世界には、存在していない武器である。
大陸西部のとある荒野に、一人の老人が倒れていた。
この世界において行き倒れなど珍しくもない。
ボロ布一枚だけの姿を見れば、物取りも気に留めない。
労働力にもなりそうにない年齢とやせ細った体では、奴隷商人は見向きもしないだろう。
なによりその老人には、両腕が無かった。
「ひ、ひひ……」
肩を震わせながら、ゆっくりと老人が体を起こす。
うつ伏せの体勢から膝を曲げ背中を丸めて、顔を地面におしつけてゆっくりと上体を起こす。
「ひひ、ひひひ……」
笑いながら立ち上がる老人。
汗と涎に土が混じり、その顔を汚していた。
「ひひひ。面白れぇなぁ。この世界は。予想できないことが次々と起きやがる」
そして老人は、不気味な笑いを荒野に響かせて、しかししっかりとした足取りで歩きだしたのだった。




