台風が来るので、今日の私はお休みです
台風が来ていますね。通学や通勤、外に出る方はお気を付けて。
前日の話
「明日は台風が来るみたいなんだけど、どうするの?」
恋愛マスターに今日就任したと宣言する、幼馴染で親友でもある透子に、私は聞いた。
透子は、何の意味があるのかその場でクルリとターンを決める。しかも結構な勢いで。
高校の制服のプリーツスカートの裾と、肩まで伸ばしているツヤのある黒髪がふわりと持ち上がる。
スカートの下に隠されていた、色白の太腿から上、際どいところまでが見えそうになる。
幸いにして、今は放課後。教室には私と透子以外の誰も居ない。だから問題はないのだが、しかし、
「そんなの決まっているでしょう?」
私の心配を他所に、一旦ターンを停めた透子が、私と視線をしっかり合わせた上で続ける。
「告白するわ、私の好きな人に。だって、明日が人生で最高の恋愛運の日なのよ? それを逃す手はないわ」
言って、またクルリ、クルリとその場で回り出す。
「そっかぁ。頑張ってね。……でさ、今日はやけにクルクル回ってるけど、それも占いで?」
「そうよ。私の今日の星の巡りだと、回れば回るほど運気が上がるわね」
あーっと危ない、回りすぎて目を回してんじゃん。無理しないで欲しいなあ。
それはそれとして、一つ、私には気になることがある。
「……明日、台風が来るらしいんだけど、大丈夫かな?」
学校が休みになったりすると、意中の人に告白するのも難しいかもしれない。
未だ、私は透子の好きな人が誰なのか教えて貰えてはいないが。ともあれ、
「私の恋愛運の前には、台風も裸足で逃げ出すわよ」
……透子のその自信は、一体どこから来るのだろう。
*
今朝のことである。
徒歩登校組である私と透子は、待ち合わせて高校へと向かう。
話すのは、大抵は他愛もないことである。
昨日見たドラマの話やゲームの話、最近お気に入りのネット小説の話、なんてのも話題に登る。
だが今日は、透子が妙なことを口にした。
「私今日からね、恋愛マスターに就任したの」
「え、何? 欄外マスター?」
「何なの? 欄外マスター……? ネット小説の欄外でウンチク語る例のあの人?」
「誰!? もしかしてこのあたりにもいるの!?」
「私もなりたいものね、欄外マスターに……」
透子は、こうしてたまに変なことを言う。
最近のお気に入りは占いらしくて、運気を上げる為と称して妙なアクセサリーを身に着けてきたり、いきなり謎なダンスをしだすこともある。
しみじみ語る透子に、私はその謎人物の存在を確信し、
「どこのネット小説のサイトの話? ちょっと気になるなあ」
「いいえ違うわ。恋愛よ、恋愛。甘い恋と愛の恋愛マスターなのよ」
全く違う答えが返ってきた。……え、というか、今透子は何て言った?
「……恋愛? あの、これまで誰も好きになったことのない透子が?」
すると透子は少しだけ傷付いたような表情を見せた。あ、これあんまり見ない顔だ。ちょっと可愛い。……じゃなくて、
「うー。あるもん、私だって好きな人くらいいるもん」
しかも拗ねてる。口調も含めて、この状態の透子もこれはこれで可愛いんだけれど、
「ごめんごめん。それで? なんで恋愛マスターとか言ってるの?」
「……昨日のピンク玉占いで、明日の恋愛運が人生最高になるんだって」
私はむしろピンク玉の方が気になるよ。どんな占いなんだろう。だが、今はそれを聞く時ではない。
「そっかあ。それで恋愛マスターなんだね。……それで、どうするの? もしかして、好きな人に告白するの!?」
きゃーそれはちょっと嬉しいというか、楽しそうかも。
「……そ、そうね! 恋愛マスターだもの、そうするべきよねやっぱり!」
「あれ、もしかしてそこらへん考えてなかった?」
「そんなことないわ! 私は明日告白するのよ!」
「……誰に?」
「そ、それはもちろん、」が
顔を真赤にしてそっぽを向いていた透子が、急に私の方を見て、
「な、内緒よ内緒! 今日の透子には教えられないわね!」
「ふーん、そっか。でも、嬉しいなあ。透子に好きな人がいるなんて。応援するよ、私」
そう、私は嬉しい。
これまで色恋沙汰に全くと言っていいほど縁がなく、興味のかけらも示さなかった透子のことを、私は密かに心配していた。
「女子高生たるもの、恋愛しなきゃね! ……それで、明日になったら好きな人が誰か教えてくれるの?」
「……うん。教える。あとね、あとね、告白する時に一緒に居て欲しい。……駄目かな?」
それは……保護者同伴ということか。
その時のことを想像すると、相手の男子に悪いというか、気まずいことしきり、みたいな感じではあるが。
とはいえ、親友の頼みである。私の返事は一つしかない。
「うん、いいよ」
それを聞いた透子が、笑った。花の咲くような笑顔だった。
それを見た私は、心が温かくなるのを感じる。
私の恋心は、私だけが知っていればいい。
***
当日の話
台風が来ていた。
警報が出ていて、学校が休みになると母が教えてくれた。
とはいえ、外はまだ雨も降っておらず、風が荒ぶっている様子でもない。
このあたりは、進路から少し外れてるっぽいし、それで学校休みなのはラッキーだったかな、なんて。
そんなことを思いながら、私は朝食を終えて自分の部屋に戻った。
昨夜は透子の好きな人が誰なのか一晩考えていて、余り眠れなかったから助かった。
もう少し寝ておこうかな、とベッドに入ったところで、枕元のスマホが鳴った。
「……ん、透子からだ」
スマホには、透子からのメッセージ表示。
『学校休みだって。どうしよう』
どうしようとは、どういうことか。意中の相手に会えず、告白できないから困っているのだとは思うが、私にはどうしようもない。でも、
『休みなのは仕方ないね。……うーん、ファミレス行って相手を呼び出すとか?』
返信する。男子と二人っきりになるだなんてのは、透子には難易度が高過ぎただろうか。そんなことを思いながら、しばし待つ。
『そうだね、そうしよう。いつものとこ、来てくれるよね?』
あー、これは私が呼ばれているのか。
「そういえば、保護者だったっけ、私」
苦笑しつつも、返信する。
『いいよー。何時にする? 台風のこともあるし、早い時間が良さそうだよね?』
仕方ない。ファミレスで男子と二人っきりとか、透子には難易度が高過ぎるだろうから。
*
近所のファミレスへ行くと、透子が既に待っていた。
可愛らしいワンピースを着ている。たしかこれは、滅多に着てこない透子のお気に入りだったはずだ。
唇にはリップが塗られていて、精一杯おめかししてきました、なんて感じがして微笑ましくも思う。
「おはよ、透子。保護者の私が来ましたよー?」
冗談めかしていうと、
「保護者……? うーん、ある意味そうかもね。いつだって透子は私のこと見守ってくれてるものね?」
何やら歯切れが悪いその言葉が気になるが、今はそれより、
「それで? 例のカレシさんは、もう呼んであるの?」
透子が呼び出す、と聞いていた。
連絡先を交換済みだっていうことも含めて、そのあたりの透子の行動力には驚かされるばかりである。
さすが恋愛マスターは違うなあ、なんて感想を抱いていると、
「うん? カレシじゃないけれど、呼んであるわ」
「あーうん、まだ告白してないし、付き合ってる訳じゃないから、カレシって呼ぶのはおかしいよね。あ、何注文する?」
「とりあえずドリンクバーでいいわね」
「りょーかーい」
注文して、二人で飲み物を取りに行って、席に戻って。
一息吐いたところで、本題に入る。
「それで、相手が誰か今日になったら教えてくれるって話だったよね?」
相手は誰なのだろうか。私の知ってる人だろうか。
「うん、そうね。教えるわ」
透子が私の目をじっと見つめて、そして、
「好きです。物心付いた時から、ずっと。私と、付き合って下さい」
脳が、透子が何を言っているのかを理解出来ていなかった。
「えーっと、うーんと、あの、透子さん?」
「なあに?」
「私で告白の練習とかそういうのは、」
「違うわ。練習じゃなくて、本気」
「――ッ!????」
好きだと言う気持ちをまっすぐにぶつけられて、私は、
「えっと、あの、えっと、」
言葉にならない言葉を漏らして、顔を伏せる。
透子の顔を見ていられない。
心臓の鼓動が激しい。透子にだって聞こえてしまうかもしれないくらいに、ドクドクと煩い。
今の私は、きっと頬どころか耳まで真っ赤だ。
というか、えっとこれは、なんだ。
女の子同士で、女の子同士だから、女の子って、ええええ?
透子が、私の手を取った。ひんやりとして、柔らかくて細い手だ。
「――あ」
その手が、心なしか震えているような気がする。
そっか。そうだ。私がこんな風になっているように、透子だって、きっと。
顔を上げる。私と同じか、それ以上に真っ赤になった透子が、
「迷惑だったら、そう言って欲しいわ」
透子が、勇気を出したのだ。だから私は、幼馴染で親友でもある彼女に、告げる。
「台風が来るので、今日の私はお休みです。だから明日の私に聞いて?」
「何それ、どういうことかしら? 私、フラれたの?」
「考える時間が欲しいってこと!」
透子が、少しだけ悲しそうな表情を見せる。言葉が足りなかった、と少しだけ反省して、
「恋愛はさ、焦らしたりとか押したり引いたりだとか、そういうのも大切なものなのよ? 今夜一晩くらい、私がどう答えるかでやきもきして欲しいかなー、なんて」
それを聞いた透子が、何故か私に抱きついてくる。
「それなら、今日は透子の家に泊まりたいわ。……ほら、お泊りようの一式は持ってきてあるのよ?」
ああ、それは随分と用意の良いことで。
「ああ、言い忘れていたことがあったわ」
透子が、ふと思い出したかのような自然さで、
「実は、ピンク玉占いでは明日が恋愛運最高の日って出てるのよね」
あー、うん。
何か騙されたというか、ハメられたような気がする。
がんばれ、明日の私。
今日のこれからは、透子のお泊りとかそういうイベントは、今日の私が頑張るから。
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