カツ丼と魔王様
この話は「魔王は脇役を希望する」(未完) と同じ設定・キャラクターになります。
同人誌が完売したので、公開します。
今週は五月とは思えないほど暑い日が続いたから、昼ご飯はさっぱり系にしていた。
山菜ウドン、テンプラ蕎麦、冷やしキツネウドン、山掛け蕎麦…そろそろ学食の麺類を制覇した感がある。
さすがは飽きてきたから、今日はがっつり肉系にしよう。ええと、しょうが焼き定食か、から揚げ定食か、悩むところだが…。
よし、カツ丼だ。肉と卵と油のハーモニーだ。想像すると腹が減ってくる。列になっている券売機で食券を買って、学食のオバちゃんに券を渡す。
「はい、カツ丼一人前ね!」
程なくしてトレイに乗ったカツ丼が湯気を立てながら出てきた。味噌汁は定番のワカメと豆腐。白菜の漬物が乗った小皿、デザートに八等分したリンゴがふた切れほど付いている。
うん、美味そうだ。
「亜門、こっち席空いてるぞ!」
同じクラスの陸上部の馬場が手を振っている。食堂はいつものごとく混雑していているから、有難い。馬場はいいヤツだ。ネクラオタク系と言われるハンクラ部員の僕にも親切だ。
「サンキュー」
両手でトレイを持って馬場たちが座るテーブルに向かっ…えなかった。
急に目の前にノイズが走って一瞬目の前が真っ暗になったかと思ったら、気が付けば広々とした石造りの部屋のど真ん中に立っていた。
えっ~と、天井が高いな。屋根はドーム型で綺麗な絵が描いてある。あれは竜かな?あっちはバジリスクを退治している勇者的な人物。なんか荘厳な雰囲気なのに、違和感半端ないね。
「あの…」
女の子の声が聞こえて周囲を見ると、神官っぽい老人や鎧姿の衛兵たち、ローブ姿の男女に混じって、五歳くらいのドレス姿の女の子がこちらを伺っていた。どうやらお姫様のようだ。
全く、いきなり前触れもなく召喚か。
まあ、なんだ。
「話はお昼ご飯食べてからでいい?」
カツ丼が冷めてしまうじゃないか。
「え?ええ?」
驚いている姫君たちを放って、僕はインベントリからテーブルと椅子を引っ張り出す。
「ふえええ?」
ぷっ、変な声出しているよ、あの子。念の為に魔法攻撃無効の障壁は張っておく。それではいただきます。この半熟卵と出汁の絶妙のハーモニーがたまらない。一口噛むとじんわり豚の旨味が…。
「じー」
あれ、なんで目の前まで来てるの、この子。しかも、カツ丼から目が離れないよ。
「な、なに?」
「それはなんというゴチソウでしょうか?イイ匂いがします」
ああ、カツ丼に興味があるのか。
「これ?これはカツ丼という肉料理だよ」
「カツズォオオン?」
なに、その何かが崩落したような響きは。
「カツ丼だよ、カツ丼」
「カ・ツ・ドゥオオオオン」
さっきより酷いけど、まあ、いいか。
いや、待て。このやりとり何か昔アニメで見たことある。
あれは日本に流れ着いたアルバイターの魔王とその配下が『カツ丼』の発音が出来なかったコネタだった。やっぱり異世界人には難しいのかな?
それはさておき…よし、ふた切れ目のカツだ。
ひと切れ目は至福の味だが、ふた切れ目も侮れない。ここで初めて、出汁が染みたご飯も口の中に投入する。うんめえええ!
「あのっ!あ~ん」
やだ、ナニこの子。鳥の雛なの?口開けて待っているよ。
「ロリーナ姫様、いけません!お手を洗ってないでしょう」
「まだ、お昼には早いですぞ、姫!」
ちょっ…臣下の皆さん、そっちの心配ですか。しかも、名前が微妙にアウトなんですけど、僕はオタクだけど変態紳士じゃありませんから。
「あ~ん!!」
うん、必死だね、姫様。仕方がないから、箸を持ち替えて口を付けてないほうで、カツを一切れ摘み上げる。
「熱いから、気を付けてね」
一言注意して、必死に開けている口に放り込んでやる。
「!!!!」
声にならないようだ。飛び上がって臣下の元に戻っていくと、「くぁwせdrftgyふじこlp;」などと叫んでいる。混乱中なのか?
よし、カ・ツ・ドゥオオオオンは暫く置いて、味噌汁に行くか。
やばっ、ウツッたじゃないか。
学食の味噌汁なのに、いつもながら良い仕事してるよな。ちゃんと出汁を取ってある。ズズッ、は~日本人で良かった。いや、本当は日本人じゃないけどね。それどころか、人間でもないけど。
それはさておき、今度は姫様がローブ姿の男女を引き連れてやってきた。
「お漬物はやらないよ」
ちょっとしか付いてないんだからね。
「オッケモーン!」
なんで、オイ、カモン!みたいな発音になってる。
「すみません、ライアル国宮廷魔道士筆頭のシグナと申します。うちの姫が本当にすみません」
「同じくシグナの部下のミレイです。ご無礼、申し訳ありません」
これはご丁寧に、ありがとうございます。ここはライアル国っていうのか、へ~。
「神渡高校三年一組、亜門紅蓮です。お話は昼食の後でゆっくり聞かせていただきます」
ご飯が冷めちゃうからね。
「それなのですが、姫様がそちらのカ・ツ・ドゥオオオオンを大変にお気に召したようで、一度解析させていただけないでしょうか」
シグナさんが丁寧にお願いしてくる。解析してあとから復元するつもりなのかな。
「カ・ツ・ドゥオオオオンじゃなくて、カツ丼です」
「カァツゥズォン?」
もっと複雑になったよ、シグナさん。
「カッズゥーン!」
もう、発音する気ないだろ、ミレイさん。
「カッツ・ドゥーン?」
小首を傾げて姫様が可愛く呟いているけど、間違っているからね。そろそろこのやり取りはいいだろ。
「分かりました。解析していいですよ。ただ、僕も冷める前に食べたいので、復元したものをお渡しします」
「あsdfghjkl;」
「くぇrちゅいおおおおおp」
「zxcvbんm、ういおp」
分かりにくいけど、喜んでいるらしい。
えっとまずはサーチ、解析。データは食器と料理別に構築して、複製に必要な術式を組み立てる。前にから揚げ弁当とオムライスで同じことをやったから、あまり難しくないな。
後は必要な材料をリストアップして、インベントリから抜き出す。
「とりあえず、ロリッ子姫様も食べますか?」
「くぁwせ!!!ふじくぁwせyくぁwせd!!!」
ダメだ、狂喜乱舞で話しにならない。ふと気が付くと二人も魔道士も手を挙げている。
「お二人も…食べるんですね」
「はい!はい!」
「よろしくお願いします!」
「こちらにもお頼み申し上げる!」
え~、あっちのほうから声がするよ。なんで衛兵さんたちや、いつの間にかやってきた王冠被った王様っぽい人たちまで手を挙げているわけ?
「ま~、いいか。それじゃ…行きますね~」
まずは長テーブルを二つ取り出して、その上に丼と小皿を作り、箸と椀、トレイを作って置いていく。あっ、外人じゃなかった、異世界人さんだから、スプーンもいるかな。食材は豚肉がなかったので、ピギロドという豚に似た魔獣を代用にして、玉ねぎ、卵、パン粉など必要な食材を出しておく。俺が自炊する高校生で良かったよ。醤油も味噌も全部『倉庫』に入っていたよ。
「アモン殿、その肉は何の肉でしょうか?」
メモを片手にそばで見守っていたシグナさんが聞いてくる。
「カツ丼は普通は豚という家畜の肉で作るんですけどね、これはその代用でピギドロという豚に似た魔獣の肉です。臭みもないし、味は最高級ですよ」
このピギロドは曽祖父の会社で正規に異世界から輸入した高級食材だ。ちゃんと検閲通っているよ。
「な、んと!魔獣の肉を…食べられるものなのですか」
ミレイさんがブルッと震え上がるので、食材として鑑定してみることを進めておく。
「これは!ベシャル鳥にも劣らない等級の肉ですわ!」
魔獣を食材として扱わないのかな、この世界は。勿体無いことだ。
ここまでくれば、もう出来たも同じ。
「カツ丼定食二十三人前、お願いします!」
仕上げに叫びながら、復元術式に魔力を通すと、次の瞬間には、目の前に湯気を立てるカツ丼定食が並んでいた。ちなみに、お姫様のリンゴだけはウサギさんリンゴにしておいた。
では、もう一度、いただきます!
「美味い!!」
「キャッドーン、サイコーですわ!」
「カ・ツ・ドゥオオオオンでございますよ、王妃様」
いや、違いますから。っていうか、王妃様もいらしてたんですね。すごく若くて美人さんだ。
「うむ、美味である」
満足そうな王様の隣で、姫様がふーふー言いながら箸を使おうと頑張っている。王様もまだ若いね。日本だと大学出たばかりくらいかな。
「アモン殿、一つ見ていただきたいものがあるのですが…」
美味しいものを食べてほっこりしていると、シグナさんが話し掛けてきた。
「なんでしょうか?」
「今、我が国を滅亡に追い込もうとしている魔物の遺骸です。私の異次元倉庫に入っているのですが、ここで出すのはちょっと…」
こそこそと魔道士に耳打ちされ、僕は自分のインベントリの入り口を開いた。何も無い床に少し切れ目が出来ている。
「ここに入れちゃって下さい。収納した瞬間に、自動的に解析できるようシステムを作ってありますから」
「しすて…?ええと、取り合えず送りますね」
程なくして、僕のインベントリにこの世界の魔獣が一頭収納された。
「うわ、美味しそう。凄いですよ、ピギロドなんか目じゃない最高級の肉です」
見た目は猪を巨大化させて、背中に無数の棘を付けたような姿だけど、解析では至高の肉と表示されていた。しょうが焼き、カツ揚げ、カツ丼、しゃぶしゃぶ。すき焼きにも最適らしい。
いいな、これ一頭欲しいなぁ。
今度、文化祭で『お好み焼き屋』やるんだけど、この肉使ったらめちゃくちゃ美味しいのが出来る気がする。僕の評価を聞いたシグナさんは、王様に向かって興奮気味に叫んだ。
「陛下、このカァツゥズォンは、我が国の救いになるやもしれません!」
シグナさん、どうしてもその発音でいくのか。どうでもいいけど呼び方は統一したほうがいいですよ。
「どういうことなのだ、シグナ卿」
「ここに居られるアモン殿が、あの災厄の元であるリゴルゴを、食用に最適だと解析しました。カァツゥズォンを庶民に広めることで、食肉目当ての討伐が進むと思われます」
え~と、それはどういうこと?
今まで、このリゴルゴは放置されていたのか。美味しそうなのに…。
「この十年、年々増え続けるリゴルゴに、ただただ手を焼いてきましたが、食用として活用できるのなら、ハンターたちも率先して狩るでしょう。そうなれば、王国の森も再び復活するかもしれません」
興奮気味にシグナさんは説明している。
「そうか、我が父王の時代に森からエンシェントウルフを駆逐し、ようやく村々も平安な日々を送れると思ったところ、リゴルゴの大量発生だ。民たちもずいぶん苦労したであろうな」
重々しく王様が頷いているけど、それって…。
「ちょっと、口挟んでいいですか?」
「どうかしましたか、アモン殿」
「あの、そのエンシェントウルフという生き物は、ひょっとして森の中で捕食者の頂点にいなかったですか?」
「そのとおりだ。古来から森に生息し、人間と対立してきた魔獣でもある」
王様の答えを聞いて、僕は納得した。
「それですよ。リゴルゴの大量発生の理由は。天敵がいなくなった森で、リゴルゴは狩られることもなく、爆発的に繁殖したんです。数が増えれば、森中の草や木の根まで食べ尽くします。根っこを食べられた木々は枯れていき、森が消えていく…そうなると食べ物を探して人里や町まで押し寄せてくるんですよ。それに森が消えたことで、降った雨は土の中に留まることなく、そのまま川に流れ込むようになります。そのせいで川の氾濫が起きたり、干上がったりしやすくなるんです」
「まさか、そんなことが…」
シグナさんは半信半疑のようだ。
「僕の世界でも実際にあったことです」
「民のために良かれと思って行ったエンシェントウルフの討伐が、まさかそのような結果になろうとは…」
王様は愕然としてるけど、仕方がないよ。文明が発達した地球でさえ、近年になって分かったことなんだ。
「どうすればいいのでしょうか?このままでは、アモン殿がおっしゃるように森を失い、川が枯れ、農地は荒らされていくばかりです。近いうちに深刻な飢饉がくるやもしれません」
ミレイさんが両手を組み合わせて尋ねてくる。
「僕の世界の…ちょっと離れた場所にある大国では、一度死滅させた狼…ええとエンシェントウルフの親戚みたいな獣の群れを、他の場所から連れてきて森に放したそうです。ただし、増えすぎないように数の管理をしながらですけど、すると二十年くらいで森も川も元通りになったそうです」
ぶっちゃけ、アメリカのイエローストーン国立公園のことだけどね。狼の群れを戻して、二十年で生態系が戻るって凄いよね。
「二十年…そんなに時間がかかるのですか」
暗い顔でシグナさんが呟く。二十年で森が戻るなら十分だと思うけど、それまでこの国が乗り切れるかどうか分からないか。
「じゃあ、手っ取り早く魔法で森を再生することから、始めてみたらどうですか。一旦大規模な駆除をして、生き残ったリゴルゴを再生した森に追い返せば、食べ物がある限り村まで来ないだろうし…」
「なるほど!」
僕の意見にシグナさんが真剣な顔で頷く。
「駆除したリゴルゴは異次元倉庫に保存しておけば、食料問題の解決にもなりますよ」
「おおお!」
ギャラリーから感動したような声が聞こえてくるんだけど、この国は大丈夫なのかな。ちょっとは異世界人を疑ったほうがいいと思うよ。でも、王様も表情が明るくなったし、偉そうな人たちと何か話し合って、今後のことを決めているようだ。
さてと、お腹も膨れたし午後の授業もあるから、そろそろ帰ろうかな。そういえば、何で僕は召喚されたんだったけ?
用件、聞かなくちゃだめかな。
そんなことを考えていたら、シグナさんに切り出された。
「アモン殿、折り入ってお願いがあるのですが…」
「は、はあ?」
何だろう。
まさか、勇者として魔王を倒してくれとか言われたらどうしようか。
「あの、先ほどの復元術式を書き写させていただけないでしょうか!」
ああ、そっちの頼みですか、やれやれ。
「いいですよ。じゃあ、この長テーブルに術式を刻んで置きますね。材料を揃えて魔力を通せば完成しますから。あ、それと調味料がこちらの世界にあるかどうか分からないから、一式置いておきます」
ついでにレシピもテーブルに刻んでおく。日本語で書いたけど、自動的にこちらの人でも読めるようにしておこう。
「ありがとうございます!」
「なんて親切な方だ!」
皆さん、喜んでくれて良かった、良かった。
「さすが勇者様だ!」
ん?今、誰かが勇者って言ったけど、一応確認しておこうかな。
「あの~、ひょっとして勇者召喚で僕は呼ばれたんですか?」
「!」
「!!!」
「!!!!!」
なに、今思い出したみたいなリアクションは…。
ほっぺたにご飯粒を付けたお姫様なんか、まだキョトンとしているよ。
でも、おかしいなぁ。勇者召喚で、なんで僕が引っかかるんだろ。気になるから、テーブルの下敷きになった召喚陣を確認してみようか。普通の召喚術式のようだけど…ううむ。
「あっ…ここだ」
召喚術式の対象を指定する部分に過ちがあった。
「シグナさん、ここ間違えてますよ。これだと勇者は召喚できないです」
僕の指摘に「ええ!」と驚きながらシグナさんが駆け寄ってきた。ミレイさんも一緒になって床に這い蹲っている。
「本当です、シグナ様。記号の一部が掠れて消えてしまっています!」
「そんな…」
原因が分かって良かった。変だと思ったんだよね。
「ちょっと待って下さい、亜門さん。勇者が召喚されないとしたら、あなたは何なのでしょうか?」
ああ、ようやくそれに気付いたみたいだね。結構、重大なことだと思うよ。
「それなんですけど、残念ながら記号の一部が描き変わったことで、勇者とは真逆の存在を召喚したようですよ」
答えながら僕は『人化』のリングを腕から抜き去る。黒かった髪が銀色に変わり、瞳はルビーに染まる。極めつけは頭部に生えた二本の角だ。前髪を後ろに掻き揚げて、僕は挨拶をする。
「え~と、改めてどうも。大魔王ルーメン・テネブラーエ・アモンの末裔、グレン・アモンです。一応、魔王の後継者です」
「エエエエエエエエ!!!」
正しい阿鼻叫喚だね、今更だけど。
シグナさんもミレイさんも顔を強張らせているし、衛兵の皆さんも剣を抜こうかどうしようか迷っているようだ。そうだよね、一緒に美味しいカツ丼食べた後だと、リアクションに困るよ。王様と王妃様もポカーンとしてるだけだもんね。
沈黙を破ったのはお姫様だった。
「あのぉ、ウサギさんもう一つ下さい」
うん、空気なんか読まない年頃だよね。ウサギさんリンゴはすぐには出せないので、インベントリからコンビニスイーツのプリン・アラモードを出して、小さな手に乗せる。もちろん、スプーンも忘れてないよ。
「どうぞ、お姫様」
目をキラキラさせながら王妃様の元に駆け寄っていくお姫様を見送り、僕はシグナさんに声を掛けた。
「あっ、魔王の家系ですけど、この世界とは全く関係無い世界のことです。それと曽祖父の代からは普通の企業人になって、僕もまだ高校生なんです」
「はあ、お話の半分も分かりませんですが…アモン殿が悪い人でないことは分かりました」
混乱しながらシグナさんが言ってくれたけど、誤解は解いておこう。
「いえ、人では無くて魔族ですので!」
きりっと格好良く言い切った直後、足元の召喚陣が明るく光った。
「召喚陣が勝手に!」
「シグナ様、これは!」
魔道士二人が驚いている前に、僕と同じ制服を着た生徒が現れた。
「亜門、勝手に異世界に召喚されるな、面倒臭い!」
怒鳴っているのは生徒会長の渡会光輝君だ。迎えに来てくれたのかな。
「昼休みに文化部の会議があるって言っておいただろ。ハンクラ部、部費没収するぞ」
空になったカツ丼の器の山を見ながら恐ろしいことを言う。
「酷いよ、僕だって好きで召喚されたわけじゃないよ。勇者召喚のミスに引っかかっただけだから!」
「勇者召喚?ちょっと待て、確認してみる」
光輝君は片手を宙に置いて、神域と呼ばれるこの世界のデータベースにアクセスしている。渡会家は千数百年続く召喚神子の家系だ。召喚された先で、その世界の神々と交信したり、神の力を借りることが出来る。
その渡会家が設立した学校には、様々な理由で行き場を失った異世界の神族、精霊、聖獣、そして僕のような魔族の末裔まで集まっているのだ。何も知らない人間の生徒も多いので、僕ら人外のモノは、普段は『人化』のリングで人間の姿を取っている。
曽祖父が五千年魔王の座に就いていた世界を追われたのは、およそ百年前。その末裔である僕は、時々曽祖父の経営する異世界派遣会社で、魔王として他所の世界に行く以外は、ごく普通のハンクラ好きの一般生徒にすぎない。
「確かに三百年前に勇者が召喚されて、魔族の頂点だった魔王竜を倒しているな。うわ、大正道学園の生徒だ。天下無敵…マジでこれ本名なのか、名前だけでうぜー」
相変わらず光輝君は召喚勇者が嫌いだね。勇者の人たちって結構アレな人が多いし、光輝君は尻拭いさせられた事が何度もあるから、もう生理的に受け付けないのかも…。
「でも、今回は魔族の活性化は見られないぞ。この世界のアミリエ神も魔王復活はありえないって…」
「アミリエ神ですと!」
いきなり白髪のお爺さんがダッシュで駆け寄ってきた。この神官っぽい人、大喜びでカツ丼を食べた後、うつらうつらしていた人だ。
「お、おう。この世界の最高神だな」
ご老人の迫力に圧されるように、光輝君は肯定する。
「なんと!勇者様はアミリエ神のお言葉を拝することが出来るのですか!」
「落ち着け、爺さん。俺は勇者じゃなくて神子だ」
「して、勇者様。アミリエ神からどのような神勅を授けられたのでしょうか」
「だめだ、この爺さん話聞いてねえ」
鼻息荒く光輝君に詰め寄るご老人を、シグナさんが必死に宥める。
「クルセーラ大神官、落ち着いてください。陛下の御前にございますぞ」
その王様は、お姫様からプリンをあ~んされているよ。王妃様もニコニコで、仲良し親子だね。あ、目があった。王様、気まずそうに目を逸らしたよ。
大神官お爺ちゃんがシグナさんに引き摺られて少し離れたので、光輝君は口を開いた。
「神勅というほど畏まった言葉じゃないけど、伝えて欲しいことがあるそうだ。『神の創りしものに無駄はなし。魔獣もまたしかり、人は驕らず慈心を持って生きるべし』。意訳すると森の獣を狩り尽くして絶滅させんな、ゴラァ。いい加減にしておかないと痛い目見るぞ…ってことかな」
意訳しすぎだよ、光輝君。
「はは~、しかと、しかと承りました!」
爺ちゃん神官が平伏する周囲で、シグナさんをはじめ異世界の人たちが青褪めていく。
「やはり神罰だったのか、我が国はもう終わりなのか」
「アミエリ神のお怒りを買ってしまった」
絶望に染まっていく人たちを見回して、光輝君はもう一度口を開いた。
「ちょっと待て、アミリエ神からの追伸だ。とはいえ、先王も民のため良かれと思ってしたことだし、エンシェントウルフも調子こいていたのは確かだった。だから、今回は見逃してやるよ。森は元の姿に戻しておくから、その代わりにリゴルゴを討伐して、週に二度はカッツドウンを神殿に供えるように…ということだ。カッツドウンってなんだ?」
いや、カツ丼のことなんだけどね。
光輝君から告げられた神託に、萎れた花が水を貰ったように、みんなの表情が明るくなっていく。
「カッツドウン…さすがアミリエ神、素晴らしい響き」
「カッツドウンが我々を神の怒りから救ってくれた!」
カツ丼人気大爆発だね。
「カッツドウン、万歳!」
「カッツドウン、カッツドウン、カッツドウン!カッツドウン!カッツドウン!」
最後はカッツドウンコールまで始まったよ。
「待て、皆の者。真の救世主はカッツドウンなる食べ物ではない。それを授けてくれた、そこに居られる魔王殿だ」
王様が威厳たっぷりに皆を黙らせ、僕の前で膝を折った。
え、いやいや。
そんなことされても困るんだけど…。と、思っているうちに、そこの居合わせた人たち全員が膝を付いて頭を下げた。
「え~と、取り合えず良かったですね」
「だがしかし、あまり勝手に勇者召喚などしないでくれ。あいつらは、俺TUEEEEしたいだけの戦闘狂か、ハーレム厨のエロ脳ばかりで、尻拭いするのはこっちなんだよ。今回は運良く超草食系魔王のコイツが引っかかったから良かったようなもんだ」
光輝君、真顔で苦言を呈しているけど、言ってること酷いよ。よっぽど勇者に恨みがあるんだね。
「何を仰られるのですか、我らにとってそこなる魔王殿こそ救世主。まさにカッツドウン勇者なのです」
にっこりと笑って王様が言った。
カツ丼食べていたら、何故か魔王の僕が勇者になったというお話でした。
おわり
その後、光輝君と一緒に学校に帰ったら、学食のオバちゃんにカツ丼定食の器一式を失くしたことで叱られた。ついでに炎の魔人の風紀委員長にリゴルゴを取り上げられたよ。異世界の食材を検閲無しで持ち込むのは、異世界渡界法に触れるんだとか。
酷いよ。
勇者になっても何一つ良い事無かったよ。
登場人物
亜門紅蓮 高校三年 187cm
曽祖父が異世界の大魔王
本人はハンクラ部所属の草食系
人型だと背が高いだけの根暗オタク系
魔王の姿だと、銀髪赤目の美形 中身は相変わらず草食系
派遣で魔王をやってます。
姉二人がいる末っ子
渡会光輝 高校三年 185cm
俺様生徒会長
召喚神子の一族、総領家の長男
腐男子の弟と、内面魔王の弟がいる
神子なのに勇者扱いされるのが悩みの種
やや明るい黒髪に明るい茶色の瞳の美形