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9話、あの子が好きそうなピザ1

 フェリクスの町の道路脇には、ちょこちょこベンチが設置されている。

 私は朝食を取った後、その辺のベンチに腰かけちくちくとカバンに刺しゅうをしていた。

 別に裁縫が得意なわけでも好きなわけでもない。

 ただ、紅茶を買ったついでに露店を見ていたら、偶然刺しゅうセットが目について思わず買ってしまったのだ。


 刺しゅうセットには裁縫針と数種類の糸が入っていて、簡単な刺しゅうができるようになっている。

 せっかくなので私は、ネコのアップリケと対になるよう刺しゅうを施していた。


「……よーしできたっ。ククルちゃん!」


 使い魔であるカラスのククルちゃんをイメージした刺しゅうが無事完成し、カバンを持ち上げてまじまじと見てみる。

 ……まあちょっと下手だけどちゃんとカラスって分かるから大丈夫だろう。


 そういえば、ククルちゃんは元気にしているだろうか。

 自分のごはんは勝手に取ってこれる子なのでそこは心配してないが、やっぱり数日見ていないと気になってしまう。


「クァー」


 すると、頭上でカラスの鳴き声が聞こえた。

 聞きなれた声だから分かる。これはククルちゃんの鳴き声だ。

 上を向いてみると、ククルちゃんが旋回しながら私の元に降り立ってきた。


「ククルちゃん、元気だった?」


 久しぶりに会ったククルちゃんを労わるように黒い羽根を撫でてあげる。


「ん? なにくわえてるの?」


 ククルちゃんのくちばしに挟まっている物に気づいて、私はそれを抜き取ってみた。

 どうやら手紙のようだ。


「これ届けに来てくれたの? ありがとうククルちゃん」


 お礼を告げながら頭を撫でると、ククルちゃんは一鳴きして飛び立っていった。

 それを見送って私は手紙を開封してみる。


「あれ? これエメラルダの手紙か」


 てっきり三番目の弟子であるリネットが送ってきた手紙だと思ってたが、意外にも差出人は二番目の弟子エメラルダだった。

 なんだ、エメラルダからか……。落胆しているわけではないが、そんなことを呟いてしまう。


 エメラルダはなぜか分からないが、独り立ちしてから定期的に手紙を送ってくれる。

 しかしその内容は他愛もない世間話だったりして、わざわざ手紙で送ってくること? と思わなかったりもしない。

 まあエメラルダは昔からちょっととらえどころが無い性格をしていたから、今さら変な子とは思わない。


 今、ふとあの子の奇行を一つ思い出した。

 あの子は昔、腰まである綺麗な長髪だったのだが、とある時いきなり「最近超熱くない!?」とか叫び出して自分の長髪を切ってしまったのだ。

 あの子はそれ以来、ずっと肩くらいの長さで髪を維持している。

 ……本当、なんだったんだろうあの行動。いつ思い返してみても謎だ。髪くらい普通に切ってほしい。


 そんなちょっと変なエメラルダの手紙を読んでみると、今回もまた他愛もない内容だった。

 この前食べた料理がおいしかったとか、裁縫屋は順調で今度私の服作ってあげるとか、本当そんなこと。

 エメラルダは独り立ちしてから自分の故郷に戻った後、なぜか裁縫屋を始めたらしい。

 それを初めて聞いた時は、私の元でしていた魔女の修行はなんだったんだと思ったりした。

 でも聞くところによると、布や皮に魔力を込めてちょっと特別な衣服を作ってるようだ。だからちゃんと魔女のお店なのだと、以前エメラルダに力説された。


 ……なんにせよ、毎日元気でやってるなら言うことは無い。

 ちょっと懐かしい気持ちになった私は、手紙を閉じて大事にカバンへしまった。

 そしてスカートの裾を払いながら立ち上がり、体をほぐすように伸びをする。

 そろそろお昼の時間だ。

 さっきまでお昼はどうしようか決まっていなかったが、エメラルダのことを思いだしたせいである物が食べたくなっていた。

 それは、あの子の好きな食べ物。


「お、あったあった」


 お店を探して歩くこと数分。私はお目当ての飲食店を発見した。

 そこはほんのりとチーズの匂いが漂うピザ屋さん。

 そう、エメラルダはピザが好きなのだ。

 というかあの子は熱の入ったチーズ全般が好き。

 本人いわく、あの伸びる感覚がたまらないらしい。チーズの味はどうでもいいのだろうか。


 とにかくエメラルダはピザが好きで、よく買ってきては食べていた。

 たまに自作をして私に振る舞ってくれていたし、好物なのは間違いない。

 エメラルダのことを思いだしながら店内に入り、適当な席へと座った。

 するとすぐに店員さんが水を持ってきてくれる。

 それを飲みながら、私はメニューを眺めた。


 ……ピザって、結構種類あるんだな。

 実はちゃんとしたお店でピザを食べるのは初めてだ。

 エメラルダが作ってくれたピザの知識しかない私は、そのメニューの多さに驚いていた。

 だってあの子、いつもチーズとトマトとなんかサラミっぽいのが乗ったのしか作ってくれなかったもん。


 確か一番スタンダードなピザはマルゲリータとかいうやつだったはず。

 でもちゃんとしたお店に来たのに普通のを頼むっていうのも楽しくない。

 だから私は、ひとまずメニューを全部眺めていくことにした。

 コーンがたっぷり乗ったものや、色んなキノコを乗せたピザ、他にもナスやズッキーニをふんだんに入れた野菜系のピザなどなど。

 カニが入ったシーフードピザもある。

 ……カニは別にいいか。デスクラブのグラタンのことを思いだした私は、ばっさりとカニ系を切り捨てた。


 しかしこんなに色々あると目移りしてしまう。

 できれば色んな種類のピザを食べてみたいけど、さすがにそんなに食べられない。どうしよう、悩むだけで答えが出てこない。


「ご注文はお決まりでしょうか?」


 そうこうしているうちに、店員さんが気を利かせて注文を聞きにきてしまった。ああ、まずい、とにかく何か注文してみよう。


「ええっと、じゃああの……マルゲリータを……」


 いきなりのことで焦ってしまった私は、思わずスタンダードなマルゲリータピザを注文してしまう。


「サイズはいかがいたしましょう?」

「……サイズ?」

「はい、L、M、Sがありますが……」


 ああ、LとMとSね。

 ……なにそれ。ピザって大きさの種類まであるの? ちょっとちょっと、聞いてないよエメラルダ。もっと師匠にピザのこと詳しく教えといてよ。

 硬直する私を、店員さんが不思議そうに見てくる。今私の頭の中はパニックだった。

 気のせいだろうけど、早くサイズを決めてほしいという無言の圧力を店員さんから感じてしまう。


 Lが一番大きくてSが一番小さいってことくらい私にだって分かる。

 でも具体的な大きさが分からないのが悩みどころなのだ。

 こうなったら、思いきって一番大きいのを頼んでしまおう。


「じゃあLで……」

「Lサイズはおひとり様ですと少し大きいかもしれませんが、よろしいですか?」


 よろしくないです。そんなに大きいの? Lサイズって。

 ここは無理はせず、やっぱり一番小さいのを頼んで様子を見よう。


「ええと……じゃあやっぱりSで」

「Sサイズは小さいお子様向けのサイズですが、よろしいですか?」


 ……なるほど。一つ分かったことがある。ピザって、かなり面倒くさいな?

 結局のところ、Mが一番普通のサイズってことなのか。

 考えてみれば、一番真ん中のサイズだからそれが当然だ。焦ったあまり、その当然にすら気づけなかった。

 ちょっと恥ずかしくてもうお店から出て行きたかったけど、ここで私はあることを閃いた。


「MサイズはSサイズ何個分くらいですか?」

「そうですねぇ……大体三つ分くらいだと思います」


 そう、小さいサイズがお子様向けなら、複数頼んでも食べ切れるのだ。


「じゃあマルゲリータと、このポテトとマヨネーズのピザ、あとこのトロピカルピザ? っていうのを全部Sでお願いします」


 ここぞとばかりに、私は気になっていた物を全部頼んでやった。

 店員さんに無事注文を告げてほっと一息。

 はぁ……田舎者はピザ一つ頼むのも大変なんだなぁ……。

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