62話、モニカとごはん、インゲン豆のトマト煮込みとゴマベーグル
マジックショーが終わって自由になったモニカと合流し、ちょっと遅めの昼食を食べるためテルミネスの町のとあるお店へと入る。
珍しく複数人で腰かけたテーブル席。目の前にモニカが座っていて、なんだか新鮮な気分だ。
私が早速お店のメニューを手にして眺めていると、モニカはおもむろに話しかけたきた。
「そういえば、クロエなんだけどさ」
「クロエがどうかしたの?」
普段は食い気が先行する私だが、もう一人の幼馴染の名前を出されたらメニューから目を離してモニカの顔を見つめるほかない。
「実は数日後にクロエと会う約束してたのよね。それでリリアも一緒にどう? どうせ暇なんでしょ?」
「いきなりだなぁ」
ライラと気ままな二人旅の途中なので、ある意味暇があると言えば暇がある。しかし突然の提案にはさすがに戸惑うしかなかった。
「私もクロエとは久しぶりに会いたいけど……モニカはマジックショーとかいいの?」
「大丈夫よ、ルーナラクリマは一度公演したら次の公演までしばらく休みを取るの。さすがに次から次に色んな町に話をつけるのは大変だもの」
様々な町で公演するルーナラクリマは町との共催に近い。公演の算段が立つまで結構な時間がかかるのは当たり前か。
「クロエってほら、リリアも知ってるけど魔術遺産を研究してるじゃない。それでこの前手紙のやり取りしてて、今度テルミネスの町から比較的近くにある魔術遺産を研究するって書いてあったのよね。で、クロエがその魔術遺産に行く時期がちょうどテルミネスで公演する時期と一緒だったから、会いに行くわって伝えておいたのよ」
「それが数日後、ってこと?」
「そうよ。クロエもそろそろ出発してるんじゃないかしら。で、こうして旅途中のリリアと偶然出会ったなら、ついでに久しぶりに三人一緒になれれば面白いじゃない」
「……まあ、確かに。モニカとこうして会うのも数年ぶりだし、三人一緒に揃うのはかなり懐かしいもんね」
「でしょでしょ。じゃあリリアもクロエに会いに行くこと決定で。あ、ついでにその間、あんたの旅についていこうと思うから」
「……え、なんで」
あまりのことに私は唖然とする。
「色々とちょうどいいのよ、その方が。落ち合う場所の魔術遺産はテルミネスから歩いて二日か三日くらいの距離で、クロエが今出発してるとして、到着するのも多分それくらいかかるでしょ? なら、せっかくだからその魔術遺産目指してリリアと一緒に旅したいじゃない。あんたが普段どんな旅してるか気になるし」
「……うん、ごめん。最後まで聞いたけど何がちょうどいいのか分かんない」
確かに数日後クロエと落ち合うとすれば、その数日間をかけて落ち合う場所まで旅をすれば計算は合うけど……。
「私がどんな風に旅してるか、そんなに気になるの?」
「当たり前じゃない。面倒くさがりやのあんたが旅してるってだけでこっちは驚きなのよ」
モニカは大げさに肩を竦めた。
私はちょっと考えてから口を開く。
「……まあ、うん、いいよ別に。魔術遺産目指して旅をするっていうのも面白そうだし、クロエが研究したがってる魔術遺産にも興味あるし。でも、数日かかる旅になるけどいいの? 箒使えば数時間でたどりつくんだよ?」
「いいわよ別に。リリアも普段箒は使わないようにしてるんでしょ? ならそれにあわせるわ」
「数日かかるってことは、野宿することになるんだけど……いいの?」
「……え、野宿は嫌だけど」
「……嫌って言われても。どうしても野宿するはめにはなるよ」
「……野宿は嫌よ」
暗い野外で眠るところを想像したのか、モニカはものすごーく嫌そうな顔をしていた。でも嫌だ嫌だ言われても……どうしようもない。
「とりあえず野宿するしないは一端置いといて、ごはん食べようよ。私お腹空いた」
「……それもそうね。はぁ、野宿かぁ……」
まったく一端置けてないモニカは、深いため息をついていた。
そんなモニカは放っておいて、私はメニューに視線を戻す。
色々と目移りする料理名の中、気になったのを注文する事にした。
「私インゲン豆のトマト煮込みとゴマ入りベーグルにする。モニカは?」
「……私も同じのでいいわ。野宿が気になって自分で選べない」
どれほど野宿が嫌なんだか。今から食べる自分のごはんすら選べないらしい。
いや、でも野宿が気になってるとか関係なしに、モニカはきっと私と同じ料理を注文しただろう。
なぜならモニカは、こういう外食の時に私やクロエのどちらかと同じ物を注文する癖があるからだ。モニカいわく、そうした方が共通の話題ができるじゃない、とのこと。
モニカは誰かと同じ料理を食べて、これおいしいとか言い合いたいタイプらしい。私もクロエも食べたい物を注文するタイプなので、そんなモニカをいつも変だと言い合ってたっけ。
こういうところは全然変わってないんだな。そう思いながら私はモニカの分も注文しておいた。
料理を待つ間、野宿が余程嫌らしくうんうん唸っているモニカをなだめることにする。
「野宿って言っても、そんなに悪いものじゃないよ。魔術で火は絶えないし、私たちと一緒だから一人でもないんだし。ねっ、ライラ」
「私は妖精だから、そもそも野宿は別に問題ないわよ。でもリリアも結構野宿は嫌そうにするわよね」
「うん、私だって野宿は好きじゃないよ。でもまあ、仕方ないかなって」
寝るならふかふかの布団で寝る方が好きだし、できるだけ野宿は避けたいけど、旅をしていたら避けられないのだから、もう受け入れる他ないのだ。
だからせめて野宿でも楽しめるよう、ごはんやお茶にはこだわりたい。特に最近野外で料理をするようにしたのは、その辺りの理由もあった。
「……あんた、いつの間にか逞しくなったのね」
モニカは呆れたような見直すような、どっちとも取れそうな深いため息をついていた。
「ぶっちゃけ野宿が嫌なのは、お肌に悪そうだからなのよね。変な虫に刺されたらたまらないもの」
「……嫌な理由はそっちなんだ」
今度は私が呆れて嘆息する番だった。
そんな会話を繰り広げていると、私とモニカの料理が運ばれてくる。
テーブルの上に並んだのは、注文した通りインゲン豆のトマト煮込みにゴマ入りベーグルだ。
インゲン豆のトマト煮込みは、たっぷりのインゲン豆に煮込まれてくたくたになったトマトの果肉が乗っている。意外にも汁気は少ない。見た目のトマト感は結構薄くて、インゲン豆が主役となった料理だ。
ゴマ入りベーグルの方は、ドーナツのように真ん中が開いた生地で、ゴマがまんべんなく乗っていた。ゴマの香ばしい香りが食欲をそそるパンだ。
「へえ、おいしそうじゃない。リリアに任せて良かったわ」
さっきまで野宿するしないであんなに悩んでいたのに、モニカは意気揚々とごはんを食べ始める。
おいしそうに食べるその様子を見ていると私も食欲が刺激されるので、ライラの分を取り分けて早速食べることにする。
「はい、ライラの分。足りなかったら言ってね」
「ありがとうリリア」
ライラの分を分けて差し出すと、モニカが物珍しげにこちらを見ていた。
「へえ、いつもライラちゃんと分けてるんだ? っていうか妖精って人間のごはん食べるのね」
「ライラによると意外と何でも食べられるっぽいよ?」
「リリアと会うまでは人間の食べ物を食べたことはなかったけどね。魔力があれば体の維持はできるもの。でも一度人間のおいしい料理を味わったら、食べないって選択肢はないと思うわ」
ライラが嬉しそうに取り分けられた料理を口に運んでいく。一口ごとに顔を綻ばせ、とても幸せそうな表情をしていた。
モニカはそんなライラを眺めて、とても複雑そうな顔をする。
「……なんか私の妖精への神秘的イメージ崩れそう。ショーに影響出るかも」
そういえばルーナラクリマのマジックショーでは、光を妖精の姿にして空を舞わせていたっけ。
あの幻想的な妖精のイメージと、今リスのように頬を膨らませて料理をついばむライラを見比べると、確かにイメージ崩れちゃうかも。
ライラは私たちの視線に気づいたのかふと顔をあげ、ベーグルをもぐもぐ食べつつ首を傾げた。その拍子に赤い髪が可愛らしく揺れる。
愛らしさしかないその姿に、私とモニカは自然とくすりと笑いあった。
私もそろそろごはんを食べるとしよう。
まずはインゲン豆のトマト煮込みだ。汁気が薄いがしっかり煮込まれているので、インゲン豆を噛むと水分が溢れてきた。
トマトの酸味とほのかな甘さがある煮汁に、インゲン豆の力強い味。インゲン豆はやや苦みと青臭さがあったが、それが不思議とおいしく感じられた。
インゲン豆のトマト煮込みを何度か口に運び、しっかりと味わった後、次にゴマ入りベーグルに手を伸ばした。
一口かじると、外側はカリっと、そして中はふわっとした食感がする。ゴマの匂いも口中に溢れてきてとても香ばしい。そして味は意外にも、結構甘めだった。
どうやらゴマと一緒に砂糖も振りかけられているらしく、どちらかというとおやつ感覚のパンだ。
インゲン豆のトマト煮込みがさっぱりしているので、やや甘めのおやつ感覚ベーグルがたまらない。結構良い組み合わせなのではないだろうか。
「このベーグル、結構おいしくない?」
モニカがベーグルを食べながら話しかけてくる。やっぱりモニカは一緒のごはんで話題を共有したいタイプなのだ。
「うん、これかなりおいしい。おやつっぽい」
「ゴマの香ばしさと砂糖の甘さがあってるのよね……意外とゴマって甘味系と相性いいのかしら?」
「さあ……? もしかしたらゴマを使ったデザートとかも探せばあるんじゃない?」
「じゃあリリア旅の途中で探してきてよ。見つけたら報告して」
「いや、それを言うならモニカが探してきてよ。色んな町で公演してるんでしょ?」
「じゃあ……どっちが先に見つけられるか勝負ね」
「なんでそうなるの? でもいいよ。モニカに負ける気はしないもん、私」」
「あんた、昔からずっと根拠もなく私には負ける気しないって言い続けてるわよね。なんなのそれ?」
「なんか負ける気しないんだよね、モニカ相手だと」
「すごく失礼なこと言ってる自覚はある? ああもう、絶対私が勝ってやるんだから。ゴマスイーツ絶対探してやるわ」
よく分からないがそんな勝負をすることになった私たち。しかし決着がつくのはいつになることやら。
そのままモニカと、昔からあんたは、いやそっちこそ、とぎゃいぎゃい言い合いをしていると、ライラが私の袖をくいくい引っ張ってきた。
「リリア、あれ」
ライラが指さしたのは、お店の壁にかけてある大きいメニュー。
そこには、こう書かれてあった。
当店おすすめスイーツ、ゴマ入り団子。
「……」
「……」
私とモニカはそれを見て、黙って見つめ合った。




